自衛隊ニュース

ノーサイド
北原巖男
続・シルバーパスの旅
「どこか遠くに行きたい」。
シルバーパスをフル活用した路線バスの旅、第2弾は、東京都の西の端・奥多摩にある「日晴鍾乳洞」に設定。
まず「日晴鍾乳洞」に、見学の所要時間を問い合わせる。概ね30分から40分とのこと。その鍾乳洞へは、奥多摩駅始発の路線バス一本のみ。所要時間、約30分。鍾乳洞から奥多摩駅に戻るバス時間もチェック。16時10分が最終。早い!
世田谷区の自宅から路線バスを乗り継いで行くと、奥多摩駅発14時の鍾乳洞行きバスに乗るのがやっと。しかも、このバスに乗らないと、「日晴鍾乳洞」を見学して、16時10分の最終バスで奥多摩駅に戻ることは出来ない。奥多摩駅14時前必着が、この作戦成功の第一関門。
僕の計画。自宅近くの塚戸小学校バス停6時31分発→千歳烏山駅→吉祥寺駅→花小金井駅→青梅駅→御嶽駅:徒歩36分:川井駅→13時41分奥多摩駅着。バス路線が繋がらないところは1か所、徒歩36分、全く問題なし。むしろ健康に良い。復路は、時間的に遅くなりバスが繋がらないので、青梅駅から電車に乗る予定を組む。この旅は楽勝と判断。ルートをメモ書きしてから、早々に床につく。
翌朝、天候は曇り。しっかり朝食を取り、6時過ぎに意気揚々と出発。計画通り、近所のバス停発6時31分に乗車、千歳烏山駅へ。6時50分発吉祥寺駅行きに乗り換える。途中「次は三鷹第一小学校前」バス停の車内アナウンスに続いて「三鷹第一小学校は、私たちが楽しく集う学び舎です」との子供の声が流れ、ビックリ。何かほのぼのとした気持ちになる。今回、数社の路線バスに乗り、何度か「○○小学校」等のアナウンスを聴きましたが、子供たちの声が流れたのは、この小田急バスだけでした。小田急バスは、他の路線でも同様なことをされているのでしょうか。今日は平日、バスは高校生や勤め人でいっぱい。途中のバス停では、運転手さんが「次のバスに乗ってください!」と列を作って待っていた人たちにマイクで伝えていました。
吉祥寺駅バス停にて、忙しそうに通学途次の小学生たちの面倒を見ていた方に、花小金井駅行きのバス停を尋ねる。わざわざ、乗り場案内まで連れて行ってくださる。親切を受けながら、「𠮷64」など路線バスの番号とバス停の位置は、予め確認しておく必要を感じました。
花小金井駅までの区間、乗客は数名。終点の花小金井駅到着直前、「業務連絡、乗務員は車内点検を行ってください」とのアナウンス。子供が乗ったままだったことに気が付かず、終点でバスを車庫に入れてしまっていた等のニュースを思い出す。アナウンス効果は、乗客に対してもあるように思えました。
つぎは、青梅駅まで。8時36分発、到着予定は10時23分。長い。運賃表示ボードも、どんどん変わっていく。途中、「箱根ヶ崎」という名前のバス停が、往来の忙しい新青梅街道の路端に立っていました。あの箱根のイメージとは程遠いですが、何か縁があるのでしょうか。青梅駅に到着。料金550円。順調だったのはここまで。
青梅駅前のバス停。どこにも御嶽駅前行の表示などない。吉野行きと表示されたバスの運転手さんに聞きました。「御嶽駅から川井駅まで行きたいんですが」「このバスは、吉野までしか行かないよ。玉堂美術館行に乗れば、少し近くなるけれど、土日しか運行していない。吉野まで行って、だいぶ距離はあるけれども歩けば、行けることは行ける」「有難うございます」と言ってすぐに乗車。発車して間もなくの信号待ちの時に、運転手さんは、チョット後ろを向いて「本当は、今の青梅駅から電車で行くのがいいんですけどね」と話しかけてくださいました。僕は、大丈夫ですと感謝の気持ちを込めて会釈をしました。そして、終点の吉野。運転手さんは、「とにかく真っ直ぐ歩いて行くと、橋があるから、それを渡り切ってから左へ行くように。右じゃないですよ。左ですよ」
お礼を言って、元気に歩き始めました。道中、自生している紫色の「ホタルブクロ」の姿に魅せられ、何枚も写真を撮りながら・・・しかし、どこまで歩いて行っても橋が見えて来ないのです。橋を見落としてしまったのだろうか、いやそんなことはない。人に聞こうと思っても人の姿は全くありません。焦る不安の中、ひたすら歩き続けました。うしろから何台ものダンプカーが、歩いている僕のすぐ脇を走り去って行きます、その都度、襲ってくる風圧に、命の危険を感じました。こんなところを歩く僕はバカだなぁと思うも、もう後には引けない気持ちでした。運転手さんたちも、まさか歩いている人間がいるなんて想像もできないで運転しているに違いない。それだけに危険だ。そんな思いが湧き上がって来た時、カーブを曲がったところで目に飛び込んで来たのは、綺麗な茶色をした優しい顔をして目を閉じている大きな鹿。車とぶつかったのでしょう。お腹が大きく傷ついているようですが正視できません。鹿を避けるようにして歩き続ける。汗はびっしょり。更に「御岳トンネル」の中は、後ろを気にしながら速足で急ぐ。しばらくして、ようやく大きな橋が見えました。ホッとしました。御嶽橋。橋から見た谷川は絶景。橋を渡り切ったところが御嶽駅。11時45分頃到着。それにしても、とても長く感じた約50分の徒歩でした。
御嶽駅の近くには、「御岳ケーブル下」行きの始発のバス停。心身ともに疲れ切った僕は、「行先を変えよう、日晴鍾乳洞からケーブルカーで御岳山に上ることに変更すればいいじゃないか。状況に応じて柔軟対応出来た者だけがサバイバル出来る」との悪魔のささやきに負けて、停車中の「ケーブルカー下」行きのバスに乗車。出発まで、まだ約10分ありました。他に乗客はいません。ふと、「そう簡単に変節するのは軟弱だ、ダメだねぇ。元自衛隊員として情けない」と叱責するもう一人の自分が現れました。慌てて運転席に駆け寄り、出発時間待ちをしている運転手さんに「川井駅は、どっちですか」と聞きました。運転手さんは、ご自分の肩越しに後ろを指さして「あっち。」お礼を言ってすぐに下車。(この時、「あっち」は、橋を渡って右であり、左でないことに、全く気づいていませんでした。また、運転手さんが、「川井駅」を「澤井駅」と聞き違えたと思われることは、あとで判明。)20分くらい歩いたでしょうか「澤井駅」や「澤乃井」という酒造会社を通り過ぎました。と、こんなところに駐在所が!インターホンを押す。出て来たおまわりさんに、川井駅に行きたい旨話したたところ、全く反対方向に歩いて来たことが判明。泣きたい思いをしながら御嶽駅まで戻る。御嶽駅から更に30分ほど歩いて、川井駅近くに到着したのは13時6分。昨夜書いた手持ちのメモによると、ここから13時18分に奥多摩駅行きのバスが出ることになっている。しかし、それらしき気配もバス停も見当たらない。そもそも川井駅は、歩いてきたメインの道路から外れた坂の上。青梅線の無人駅。路線図を見る。何と、川井駅は御嶽駅より一つ立川寄り。僕は、奥多摩駅からわざわざ離れるように歩いて来たことになる。14時までに奥多摩駅に到着することは、もはや不可能。愕然としました。ところが捨てる神あれば拾う神あり。時刻表を見ると、川井駅13時36分発、13時48分奥多摩駅着の電車がある!運賃180円。これなら、14時発の鍾乳洞行に間に合う。いろいろあったけれど、何んと強運な僕だろう!
緊張感から解放され、安堵感でいっぱいになると、急にお腹がすいて来ました。誰もいない駅のベンチ。緑をまとった奥多摩の山々を前にして、爽やかなそよ風に抱かれる気持ちの良さに、ついウトウトすらする。早朝に妻が作ってくれた弁当を満喫。短くも至福のひと時でした。
電車は速い。予定通り13時48分に奥多摩駅着。余裕をもって14時発の鍾乳洞行のバスに乗り込んだのです。鍾乳洞まで乗った乗客は、青年とシルバーの僕の二人だけでした。
「日晴鍾乳洞」は、昔一度来たことがあります。前回、沢山の大変急な階段を登った記憶があり、今回も同じルートで登り始めました。ところが、息切れが激しく、胸が苦しくて登り続けることが出来ません。ルートの入り口に、お年寄り等に対する警告板が書かれていたことが頭をよぎりました。しかし、今更引き返すことなどできるものか。途中にインターホンがありました。SOSは、ここからすればいい。でも今日は、洞内に観光客がほとんどいない。本当に具合が悪くなったら諦めるしかあるまい。一人旅の脆弱性、止む無し。あれやこれや頭は混乱。鍾乳洞の外に出た時はホッとしました。
最終バスで奥多摩駅へ。そこからは、電車を乗り継いで千歳烏山駅まで。最後は、路線バスで千歳烏山駅→塚戸小学校。19時30分頃、無事帰宅。約13時間の旅。歩数24,209。
粗雑に過ぎた僕の路線バス計画。予め地図での確認を全く怠っていました。スマホの能力も活かさず、宝の持ち腐れ。何よりも、全体として甘く見ていました。徒歩での移動が命の危険と紙一重である道路があることも実感。
脆弱な心身を含めて、学習することしきりです・・・
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事