自衛隊ニュース

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ノーサイド
北原 巖男

「制服を着た外交官」
「信頼のトライアングル」

 沖縄県民の皆さんは、ふるさとの島で何度となく繰り返されて来た凶悪犯罪を、常に目の当たりにしています。

 「またか…」

 10月3日に生起した在冲米軍軍人による強盗殺人事件。

 沖縄の皆さんの憤り、辛くやりきれない気持ちは、一層鮮明に重くのしかかって来ていることと思います。

 同時に、1972年に沖縄県が本土に復帰して以来、一貫して米軍基地問題に携わっている沖縄防衛局(前 那覇防衛施設局)の職員の皆さんの怒りや挫折感に似た思いは、筆者自身、かつて現地にて取り組んだOBの一人として、痛いほど分かるような気がいたします。

 しかし、ここで落胆し、留まっているわけにいきません。

 これまでも、これからも、沖縄の米軍を含むあらゆる基地問題について、沖縄県民の皆さんから最も頼りにされているのは沖縄防衛局の皆さんなのです。

 皆さんによる在冲米軍に対する事件の再発防止に向けた執拗なまでの強い働きかけや調整等の尽力は、真に大変と思います。是非、頑張って頂きたいと思います!頼みます!

 言うまでも無く、今、遠く母国を離れて沖縄で勤務し、厳しい任務や訓練等に取り組んでいる圧倒的多数の在冲米軍軍人の皆さんは、善良な社会人であり市民です。沖縄の皆さんにとって、決して遠い存在ではなく、「近くの良き隣人」なのです。

 同時に、在冲米軍トップのベンジャミン・ワトソン四軍調整官(中将)はじめ四軍の司令官の皆さんから、どんなに若い新兵さん一人ひとりに至るまで、軍のポストや階級、年齢に関係なく、米国・各軍・部隊を代表する存在なのです。そう、捉えなければなりません。米国そして米軍の名誉と誇りを大切にする沖縄滞在の「制服を着た外交官」なのです。

 かつて、凶悪な犯罪を起こした在冲米軍の若い兵士について、仲間の兵士たちが、地元紙のインタビューに対し、揃って発していた言葉を思い出します。「彼は、わが軍を代表する者ではない!」

 ・・・そう言いたい気持ちは理解できます。しかし、是認することは出来ません。

 隊員一人ひとりには、常に、所属する軍の代表であるとの気概・責任感を、自分のものとして心の中に持っていて欲しいと思うのです。それは、厳しい任務や訓練から解放されたプライベートの時間にあっても、いわゆる「騎士」として、自分の矜持として、大切にして頂きたい、忘れないで頂きたいと思うのです。

 かつて筆者は、作家の池澤夏樹さんが書かれた「…事件はまた起きる。沖縄に米軍基地があるかぎり確実に起きる。…だから、やはり、米軍基地が出て行かないかぎり、県民には絶望しかないのだ。」(2001年7月10日付け東京新聞夕刊)と断じた発言に、強い怒りを抱いたことがあります。

 池澤さんのような見方は、決して特異なものではありませんが、だからと言って、「県民には絶望しかないのだ。」などと安易に断ずるべきではありません。

 「絶望」を結論にしてはなりません。このことは、多くの沖縄県民の皆さんや国民のみならず、米軍の皆さんも、等しく同じ思いだと思います。

 事件が生起する都度言われて来た「遺憾」、「綱紀粛正」、「教育の徹底」、「再発防止」。これらの文言を、不信感の象徴と目されるような言葉に留め置いていてはなりません。

 何としても、沖縄県民の皆さんが「希望」を抱けるように努めていくことが、米軍のみならず日本政府としての責任ある唯一の進むべき道です。

 多くの隊員が、次から次へと来沖し、沖縄から離れて行きます。そうした中にあっても、人が変わっても、事件の再発防止への努力の証を、沖縄県民の皆さんの目に見える形で、引き継ぎ、バトンタッチして行くことが不可欠です。

 在冲米軍の皆さん、古謝玄太知事を始めとする沖縄県民の皆さん、そして沖縄防衛局の皆さんの三者による不断の「信頼のトライアングル」の再構築と緊密な連携・発展こそが、沖縄県民の皆さんに「希望」をもたらす要と考えます。

 心から力いっぱいのエールを送ります。

 チバイミソーリヨーです!


北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事

読史随感<第207回>
神田 淳

渡辺和子さんと横田滋さんのこと

 文藝春秋11月号に、「昭和百年」美しき日本人50が特集されている。「それはかの国の大統領と真逆の人間である。私を捨て、利に流されず、節を貫き、誠をもった日本人の記録」とある。上皇ご夫妻、今村均、斎藤孝夫、石橋湛山、土光敏夫、緒方貞子、伊東正義、中村哲、北の富士、石牟礼道子、谷川俊太郎、小津安二郎、やなせたかし、森英恵など50人の日本人が載っているが、その中にある渡辺和子さんと横田滋さんの言葉が私の心を打つ。

 渡辺和子さんは、昭和陸軍の未遂クーデター、二・二六事件で暗殺された陸軍教育総監渡辺錠太郎の次女である。1936(昭和11)年2月26日午前6時、渡辺錠太郎は邸宅を襲った兵士たちによって、9歳の和子さんの目の前で惨殺された。和子さんは長じてノートルダム清心女子大学の学長となり、カトリックのシスターとして、教育と信仰の人生を歩む。著書『置かれた場所で咲きなさい』は230万部を超えるベストセラーとなった。和子さんは、父は9年間に一生分の愛を注いでくれたと言い、「与えられる物事一つひとつを、試練さえも、ありがたく両手でいただく」、「つらい病気をして、今まで気づかなかった他人の優しさと自分の傲慢さに気づく」、など信仰者の美しい言葉を残している。その和子さんが、晩年、昭和史研究家保阪正康さんのインタビューで、「二・二六事件は、私にとって赦しの対象から外れています」と答えている。また、別の機会に和子さんは、自分は、父を殺した人たちを心の底からは赦していないのかもしれないと気づいたと言い、敵を赦すという信仰の難しさを告白している。

 二・二六事件は和子さんの生涯に大きく影響した。父を軍のクーデターで惨殺された体験が、彼女をカトリックの信仰に向かわせ、シスターとしての道を歩ませたのかもしれない。保阪さんは、信仰によってさえ乗り越え難い、昭和史の暴虐との生涯を賭けた闘いを見た思いがした、と記している。和子さんは保阪さんのインタビューを受けた年(平成28)、89歳で帰天した。

 横田滋さんは、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父。他の拉致被害者家族とともに家族会を結成し、拉致被害者家族連絡会の代表として拉致問題を広く社会に訴えた。温厚、実直な人柄で、妻の早紀江さんと共に拉致被害者家族の象徴的存在だった。横田滋さんの没後、被害者家族連絡会代表を引き継いだ長男の横田拓也さんが語る。父は家でもいつも笑顔で、「疲れた」とか「もう駄目だ」とか、弱音を吐くのを見たことがない。また、父はお酒が好きで、唯一の息抜きだったが、酔って乱れることはなかった。父と酒をともに飲んだあるとき、めぐみを奪った北朝鮮の卑劣な行為にどうやり返したいか、思いつくかぎりの復讐の方法を並べた。父は黙って聞いていたが、私が話し終わると、低い声で「そんなもんじゃすまない」と一言。秘めた怒りが表出したその言葉は、今も忘れられないと拓也氏は言う。

 一国民として、北朝鮮の拉致は絶対に許せないと思う。横田めぐみさんのほか、拉致されて帰国できない人が十人以上いる。拉致は北朝鮮の国家的犯罪である。拉致は国の安全保障問題でもある。国民の安全が毀損されて国家が何もできないでいる。拉致はまた、国家が憲法で国民に保障する基本的人権の侵害の最たるものである。怒りを基本とする正義は問題を起こすことがあるが、拉致問題は北朝鮮に怒りをもって対処するのが正しいと思う。

(令和8年11月1日)


神田 淳(かんだすなお)

 元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii‐nihon.themedia.jp/)などがある。

89名が決意を新たに
佐世保教育隊で入隊式

写真=「服務の宣誓」を誓う学生


 佐世保教育隊(司令・宇都宮俊哉1海佐)は、10月1日、宮島大典佐世保市長及び佐世保地方総監(福田達也海将)をはじめとした部内外の来賓御臨席の下、第26期一般海曹候補生課程の入隊式を挙行した。

 一般海曹候補生89名は、真新しい制服に袖を通し、凛とした姿で入隊式に臨んだ。候補生たちは、心を一つして力強く「服務の宣誓」を行い、全力で教育訓練に臨む決意を新たにした。

 佐世保教育隊司令は、「困難な時こそ、仲間を思いやり、共に乗り越えて同期の絆を深めて欲しい。そして、諸君全員が、心技体すべてが充実した海上自衛隊員に成長し、修業の日を迎えることを強く願います」と式辞した。

同期一丸で

 また、佐世保地方総監は、「我々は健全な精神と強靭な体力を基盤として任務を遂行し、国民の負託に応えていかねばならないことを、本課程を通じてしっかりと自覚してください。本日の門出に際し、当教育隊での修練の指針として諸君に次の2点を示します。第一に『自分を磨く』。己に打ち克ち一つひとつ困難を乗り越えることで精神的、肉体的に自分自身が磨かれていきます。第二は、『同期の絆を育む』。この同期の絆は今後の自衛隊勤務において、極めて大きな財産となります。相互に切磋琢磨し、同期生一丸となって本課程を乗り切るとともに、強固な絆を育んでください」と訓示した。

 学生達は、将来の海上自衛隊を担う我が国の宝である。佐世保教育隊では、約5カ月後に各部隊において即戦力として勤務できる隊員へ成長できるよう、職員一同で心血を注ぎ教育に当たっていく。


サマキャンで入隊意欲を促進<百里基地>

写真=装備品の見学


 8月6日、百里基地(司令・鈴木繁直空将補)は、募集対象者約260名に対して「サマキャン百里基地オープンベース」基地見学を開催した。(サマキャン=陸海空自衛隊サマー・フレンドシップキャンペーン)

 当日は、基地概要説明、格納庫内での装備品見学、体験喫食(夏野菜カレー)、厚生館見学(1階売店、2階で広報DVD視聴及び茨城地本ブース見学)、航空機(F2戦闘機、救難機)見学、隊員との(幹部候補生及び幹部候補曹等)懇談、広報資料館見学、補生及び営内者との懇談等が行われ、航空自衛隊の多様な職種や隊員の勤務・生活環境を説明し、その魅力を紹介した。

 参加者は、真剣に隊員の説明に耳を傾け、関心事項について、積極的に質問していた。この基地見学で、入隊意欲の高揚、更に航空自衛隊に興味を持ってもらえることを願っている。

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