自衛隊ニュース

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常即一体 即応予備自衛官らが人命救助

48普連隊員に善行褒賞状

写真=重迫撃砲中隊


 第48普通科連隊(連隊長・河野淳司1陸佐=当時)は、7月17日、相馬原駐屯地において、心肺停止した隊員の救命処置を実施した即応予備自衛官10名と常備自衛官6名に対し、東部方面総監からの善行褒賞状を伝達した。

 善行の概要は、今年5月31日午前2時30分頃、宇都宮駐屯地で前日から即応予備自衛官招集訓練参加中(課業時間外)の隊員が就寝中にベッドから落下、異変を察知した同僚の即応予備自衛官10名が、躊躇することなく直ちに心肺蘇生等の救命活動を実施し、報告を受けた常備自衛官6名と協力して、心肺停止した当該隊員の蘇生に多大な貢献をしたものである。

 救命活動に当った山口士長(即自)は、「現役時代に原隊(中央即応連隊)での『高ストレス下での衛生訓練』が役に立った。心肺蘇生の間、他の即応予備自衛官がAEDを持参、常備自衛官が救急車を要請、警衛隊と調整するなど、全員の連携があって迅速な救命活動に繋がったものと実感している。倒れた隊員が回復したとの連絡を受けた時はとても嬉しかった」と話し、また、齋藤2曹(即自)は、「冷静な対処というのは非常に難しいものであることを実感した。仲間がいたから救急車の要請やAEDの手配等がスムーズにできたのだと思う。大切な仲間のために皆が一致団結して救命活動し無事蘇生できた事を大変誇りに思う」と話し、当時を振り返った。

【善行褒賞受賞者】

・第48普通科連隊第4中隊‥山口洋和士長(即自)、曽雌選3曹

・同重迫撃砲中隊‥中澤勝利曹長(即自)、小林真樹1曹(即自)、関根洋寿1曹(即自)、上村勝1曹(即自)、原善幸1曹(即自)、齋藤正光2曹(即自)、山川英祐3曹(即自)、臼井芳彦士長(即自)、角春輝士長(即自)、田村圭之曹長、外立正賢1曹、冨田隆幸1曹、佐々木貴政1曹、土屋純也3曹

予備自衛官中央訓練

常備自衛官との連携も強化

<第1師団>

写真=デモ隊へ対応する予備自衛官


 第1師団(師団長・富崎隆志陸将)は6月4日から8日までの間、予備自衛官中央訓練を担任し、成績優秀な予備自衛官58名に対して駐屯地警備訓練を実施した。今年度は第32普通科連隊が訓練招集部隊を担任し、予備自衛官の知識及び技能の向上を図るとともに、常備自衛官との連携強化及び任務遂行能力の向上を目的として実施した。

 参加した予備自衛官は20式小銃、18式鉄帽及び18式防弾ベスト等、常備自衛官と同様の装備を使用し、ガンハンドリング、第一線救護、非拘束者の取り扱い、不審者対応及びドローン対処の機能別訓練をラウンドロビン方式で実施した。師団は昨年度に比し機能別訓練の時間を増加し、段階的かつ実際的な訓練を通じて識能の向上を図った。

陸幕長が視察

 機能別訓練に引き続き実施した総合訓練では、常備・予備自混成による警備部隊を編成、駐屯地警備を想定した連続状況下で各種事態に対処し、常備・予備自一体となって連携しながら任務遂行能力の向上を図った。また総合訓練には陸上幕僚長が視察に訪れ、訓練参加者が高い練度で訓練に取り組んでいることを極めて高く評価するとともに、更なる識能向上に期待を寄せた。

「合規適正な管理業務の徹底」

<第47普通科連隊>

写真=物品管理検査を受ける隊員


 第47普通科連隊(連隊長妹尾研作1陸佐(当時)=海田市)は、6月22日から26日までの間、中部方面混成団が実施した「令和8年度前期情報管理検査、物品管理検査及び輸送業務指導」を海田市駐屯地及び善通寺駐屯地において受検した。

 連隊は、「合規適正な管理業務の徹底」を合言葉に検査受検に向け準備を行ってきた。情報管理検査が始まると各種簿冊及びPCの点検において補助者による厳正な点検が実施され、各担当者は緊張した表情で対応していた。また、物品管理検査においては車両・通信機材等の管理要領・使用状況等について点検され、担当者への質問等が行われた。

 引き続き、24、25の両日に実施された検査官(混成団長)の巡視では各種書庫等の整理整頓状況や、災害派遣時に47普連が独自で編成する「多目的支援隊」における搬出物品の準備状況が確認された。

 所見開陳においては、混成団長より「今回の結果に満足することなく、精強な部隊を目指して隊務運営をしてもらいたい」と述べられた。

 連隊は、本検査での成果に慢心することなく日々の管理業務を通じて「合規適正な管理業務の徹底」を実施し、更なる部隊の精強化に邁進していく。

ノーサイド
北原 巖男

市ヶ谷地区見学(市ヶ谷台ツアー)に参加して

 先日、とても暑い日でしたが、市ヶ谷台ツアーに参加しました。このツアーは、見学希望日の2か月前に予約すれば、どなたでも参加出来ます。但し、開催日は月曜日から金曜日まで。残念ですが土日祝日はやっていません。(予約・問い合わせ先 防衛省大臣官房広報課記念館係 電話03‐3268‐3111/03‐5366‐3111 内線21904)

 午前のコースと午後のコースの2つがあり、いずれも、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷となった大講堂(旧陸軍士官学校講堂)のある「市ヶ谷記念館」と防衛省・自衛隊グッズなどを購入できるお店やコーヒーショップが入っている厚生棟は、見学コースに含まれています。筆者たちが予約したのは、更に「大本営地下壕跡」見学(高校生を除く18歳以上は有料700円)も含まれている午後のコース(約2時間20分)。

 市ヶ谷の防衛省正門前に集合・受付したのは、老若男女、子供達も含め14~15人くらいでした。

 ガイドさんの案内の下、ツアー開始です。何人かのガイドさん等が、それぞれの持ち場で、歴史や特徴、エピソードなどを含め、とても分かり易く説明してくださいました。

 当日のツアー参加者に配布されたパンフレット「大本営地下壕跡」には、「昭和20年8月10日、阿南惟幾陸軍大臣が陸軍省幹部を集め、8月9日に行われた御前会議においてポツダム宣言の受諾を決断した昭和天皇の聖断を伝えた場所であるという記録も残されています。」とか、「かつては500㎏弾に耐えうる堅固な鉄扉が設置されていた。」等の説明がありました。

 壕はそんなに深くはなく、規模も小さいと感じました。筆者たちは、短時間入っていただけですが、湿気の凄さには驚きました。健康には良くないと思います。長居は無用の地下壕だったのではないでしょうか。

 「陸軍大臣室」だったというコンクリートの床しか残っていない狭い一角。見つめていますと、頭を垂れて阿南陸軍大臣の話を聞いている大勢の幹部の皆さんの、沈痛極まりない情景が浮かんで来るような気がしました。

 阿南惟幾大臣は、「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」との遺書を残し、8月15日に陸軍大臣官邸にて自決されています。

 「市ヶ谷記念館」見学で忘れることが出来ないのは、大講堂です。ツアーでは、まず当時の映像が流されました。そして、意匠を凝らした講堂の重厚なつくりの特徴や当時の日本の最高指導者28名を裁いた国際裁判について説明がありました。政治責任者・戦争責任者つまりA級戦犯の皆さんです。1946年5月3日に開廷、約2年の歳月をかけ、1948年11月12日に死刑や終身禁固刑等の判決が下されました。同年12月23日、東条英機、広田弘毅、板垣征四郎等7名の死刑囚の皆さんの死刑が執行されました。

 いつの世も、リーダーたる者は、国民を、国を、誤り無きよう主導して行く重大な責任があります。今年は、既に戦後81年を迎えていますが、二度と国民をあの悲惨な戦争の惨禍に巻き込むようなリーダーシップであっては、絶対になりません。

 筆者は、しばらく大講堂の長椅子に座って、被告となった当時の日本のリーダーの被告席があった場所に視線を投げかけていました。

 上記A級戦犯の皆さんのみならず、戦争犯罪人の名のもとに裁かれ絞首刑や銃殺刑に処せられた皆さんは、直接の暴行者(C級)と、その責任者・上官(B級)を含め、1068名に及ぶとのこと。国内の巣鴨プリズンだけでなく、上海、マニラ、グアム、広東、ペナン、チャンギー、ラバウル、香港、ビルマ、北ボルネオ等々50か所近い様々な外地で裁判が行われ、刑が執行されました。裁判は、早い人は、一週間で判決が出ています。勝者による敗者に対する見せしめでしょうか、種々、驚きを禁じ得ないことが目に付く裁判でもありました。

 手元にある分厚い「復刻 世紀の遺書」(編集 巣鴨遺書編纂会 昭和59年8月15日 講談社刊)には、下士官や尉官だった方々を含め、BC級で処刑された様々な皆さんの膨大な数の手紙や遺書が掲載されています。終戦から6年も経た昭和26年(1951年)、オーストラリアの「マヌス」にて刑死された39歳の元満鉄社員の海軍大尉が遺した手紙には、次のようなくだりがありました。

 「・・・国際条約に違反した行動が戦争中あったことを見せられました。しかし多くの人は、その行為が違反したものであったことを知らずに居りました。又、知って居ても異議を申し立てることは当時の軍隊の命令に対しては許されませんでした。要するに命令権者の無責任な独善的な、人権と法規を無視した、神がかりの観念が原因をなしたと思います。(以下、筆者略)」

 ここで、前掲、阿南惟幾陸軍大臣が東京幼年学校長当時、昭和11年(1936年)に発生した2・26事件の直後の3月12日、生徒達に訓示した言葉も思い出されて参ります。

 曰く「服従の精神を繋ぐものは、下に限らずして上官にあることを忘るべからず。故に、将校足らんとする諸子は、今日より先ず其身を正しく修養を重ね、部下をして十分の信頼を得しめ喜んで己に服従し命令一下水火も辞せざらしむ底の人格と見識とを修養することを第一義となさざるべからず。」

 --参加者それぞれが、感じたり思うところがある市ヶ谷台ツアーではないでしょうか。


北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事

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