自衛隊ニュース
第7航空団に秘密保全褒章
連続無事故100万人日を達成
写真=受賞した第7航空団(中央が鈴木司令)
3月5日、VTCにより、航空幕僚長から第7航空団司令(鈴木繁直空将補)へ秘密保全褒賞が授与された。秘密保全褒賞は、連続無事故100万人日達成により授与されるもので、第7航空団は、令和4年度に続き2回目となる実施基準達成を果たした。
授与式では、第7航空団司令が、「今回の無事故達成は、歴代団司令をはじめ各級指揮官1人ひとりが保全に高い意識を持って取り組んできた結果。今後も高い保全意識をもって取り組んでいく」と決意を新たにし、航空幕僚長からは「各部隊所属隊員1人ひとりが保全に真摯に取り組み、高い意識をもち、関係規則を厳守し、着実に実施した賜物である。国民の安心安全のためには情報保全が不可欠であり、安堵することなく通過点として、高い保全意識を持ち規則を厳守し基本事項を徹底し、1人ひとりが職務にまい進できるよう保全事故0を目指してほしい」との訓示を受けた。
今回の褒賞受賞に安堵することなく、これを一つの通過点として、引き続き第7航空団司令の強いリーダーシップの下、隊員一丸となって高い保全意識を保持し、関係規則の遵守及び基本事項を徹底し、秘密事故防止に努め、保全事故・事案の不安要素を全て「打破」し、次の秘密保全褒賞も獲得を目指していきたい。
蒙空軍人が航空管制幹部課程を受講
写真=学校長から学生に受講証書を授与
航空自衛隊第5術科学校(学校長・聖德麻未空将補=小牧)は4月23日、モンゴル国空軍人に対する航空管制幹部課程における委託教育の終了に伴い、教育終了式を実施した。
本受託教育はモンゴル国空軍より航空管制分野における能力構築支援事業を要望されたことにより、令和7年8月21日から約8カ月間、航空管制幹部課程にてモンゴル国空軍人3名に対し実施したものである。学校長は式辞で、今回の教育は両国の友好と協力を深める意義ある取り組みであると述べ、モンゴル空軍の発展と地域の安定への貢献に期待を示した。また、同期学生の谷口3等空尉からの送辞に続き、モンゴル国空軍学生代表のイシダンザン大尉が答辞を述べ、互いに学び支え合った経験への感謝を表明した。
式典の後、モンゴル国軍学生は母国へ帰国。小牧基地では、別れを惜しむ姿が見られた。
基地周辺環境美化に貢献
<目黒基地>
写真=約500mの遊歩道を清掃
航空自衛隊目黒基地幹部学校幹部会及び准曹会は、4月21日に統幕及び陸海准曹会と共同で基地に隣接する目黒川遊歩道の清掃活動を実施した。当日は総勢122人が課業開始前に集合し注意事項を確認後、約500mの遊歩道の清掃を開始した。遊歩道には有名な桜並木が整備されており、今年も満開の花を咲かせ勤務に励む隊員に一時の安らぎを与えてくれた桜に感謝しつつ、所属や階級に関わらず参加者相互による協力のおかげで予定よりも早く終了し、基地周辺環境美化に貢献することができた。
8年度モニター委嘱式
<芦屋基地>
各種取組の理解を深める
写真=委嘱状を伝達
4月21日、芦屋基地(司令・兼田大助空将補)において、令和8年度防衛モニター及び基地モニターに対する委嘱状の伝達・交付が行われた。
委嘱状を手渡した兼田基地司令からは、各モニターの方々に対し、日頃より防衛省・自衛隊に対するご理解を賜っていることへの謝意とともに、今後の研修等への積極的なご参加をお願いする旨の挨拶があった。
委嘱式では、当初やや緊張した面持ちであったモニターの方々も、春のやわらかな日差しに包まれた庁舎屋上からの眺望や記念撮影を通じて次第に打ち解け、続く会食では終始和やかな雰囲気の中、芦屋基地隊員と自衛隊に対する思いや関心事項について意見を交わすとともに、モニター相互間の交流も深まった。
同日午後からは、初めての研修として基地司令による防衛講話が行われ、我が国周辺の安全保障環境をはじめ、航空自衛隊及び芦屋基地の各種取組について理解を深め、委嘱及び研修の一日を終えた。
今後、各モニターの方々には、芦屋基地の各種行事や他基地での研修等に参加いただいた上で、航空自衛隊及び芦屋基地の諸施策に対するご意見を頂戴する予定となっている。
ノーサイド
北原 巖男
情けは人のためならず
去る5月17日(日)、東京都世田谷区三軒茶屋の「三軒茶屋ふれあい広場」で開催された「さんちゃ国際交流フェスティバル」。
キューバ・スリランカ・タジキスタン・ペルー・ボツアナの各大使館に交じって、筆者たち東ティモール関係者も、大きな国旗を掲げて同国の伝統や文化、カフェティモール等のPR活動に努めました。家族連れを始め沢山の皆さんが、伝統衣装タイスを試着して即席東ティモール人への変身体験やタイスのはぎれを使ったキーホルダー作りなどのワークショップを愉しんでいました。
フェスティバル主催者の紹介を受けて、筆者は来場された外務省の方と話す機会に恵まれました。彼は、東ティモールを含む日本のODA(政府開発援助)の意義や必要性、抱える課題等について熱く語ってくださいました。その際、彼から出た言葉が、表題の有名な古いことわざです。
もちろん彼は、このことわざの「正解釈」に立たれての引用です。
「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」(文部科学省「言葉、この意味な~に?」より)
これは、ODAのみならず、ODAとは別の同志国の安全保障上の能力・抑止力の向上を目的とし、既にトンガ・フィリピン・インドネシア・タイ・フィジー等の軍隊等に対する装備品や物資の提供・インフラの整備等を行っているOSA(政府安全保障能力強化支援)についても、全く同様にあてはまることと思います。「巡り巡って日本に返ってくる」。
ただ筆者は、長年にわたって、このことわざの「誤解釈」にも傾斜して来ていました。
「人に情けをかけることは、結果的には、その人のためにはならない」。
辛くて大変だろうけれども、むしろチャンスと捉えプラス思考で挑め・甘えるな・依存体質に留まっていてはだめだ・脱支援慣れ・目指せ自立・あなたには出来る・頑張れ・・そんな気持ちも抱きながら、このことわざを捉えて来ました。
しかし、そこには、苦しみや悲しみなど大変な状況の真っ只中に在る人に、心から寄り添い迅速に行動を起こす筆者を見出すことは出来ませんでした。いわば、常に安全な場所を確保し留まったままの自分に思いが至っていませんでした。
他方、前掲の「正解釈」についても、筆者には、何かしっくりしないものがあることを否定できませんでした。
「正解釈」は、つまり「ひたすら人(他国)のためを思って何か情けをかけるような行動をするのではなく、自分(日本)のためでもあると思って行え」ということでしょう。相手に優しい顔を向けた自分が、どこか偽善者のような気がして落ち着きません。
全国の自衛隊員の皆さん・ご家族、そして本紙読者の皆さんは、このことわざをどのように解釈・理解されていますでしょうか?
筆者個人としては、「誤解釈」を一刀両断に切り捨てることは出来ず、「誤解釈」といえども「正解釈」と複雑に絡み合い、混じり合い、時には融合して、私たち一人ひとりを人間関係における高みへと導く知恵や行動の指標を提供してくれているのではないか、同時に、相手に真摯に寄り添う思いやりの心が大前提であることを忘れるな、と訴えているように思うのです。そして、外交にあっては、相互に大切なパートナーとして対等で誠実に向かい合う「誠信交隣」の精神を強調しているように思えます。
筆者には、在東ティモール大使当時、こんな体験がありました。トルコのPKO東ティモール派遣隊員の皆さんが任務を完了され帰国するのに先立って、その貢献を称え国連から国連メダルが授与されることになりました。そのとき、日本大使館に筆者を訪ねて来られた方がトルコPKO派遣部隊長。「私達PKO隊員一人ひとりの胸に、あなたから国連メダルを付けて頂きたい」との依頼を受けたのです。驚いた筆者に彼は、「私たちは、エルトゥールル号の海難事故の際に受けた日本の皆さんの救助を始めとする献身的な官民をあげての温かく手厚い対応を決して忘れません。是非、そんな日本の皆さんを代表する日本大使にお願いしたいのです」
明治天皇に拝謁し、帰国の途次にあったトルコ軍艦エルトゥールル号は、和歌山県の樫野崎灯台付近で台風による強風と高波を受けて座礁・沈没。司令官はじめ死者は約600名。村民等の懸命な救援・救護活動で助かった乗員は69名。この大変痛ましい海難事故が生起したのは1890年9月のこと。筆者が依頼を受けた時点でも、既に約120年が経過していました。トルコの皆さんは、忘れていないのです。
筆者のレベルに留まらずこんな大きなこともありました。皆さんも覚えておられるのではないでしょうか。「1985年3月に、イラン・イラク戦争下のテヘランで、イラクがイラン領空の全航空機を攻撃対象にすると発表したために、テヘラン在留の日本人が孤立した状況に陥った際、トルコ政府が日本側の要請に基づいてトルコ航空機をイランに派遣してくれた結果、イラクの攻撃設定期限のぎりぎりで多くの日本人(筆者註‥215名)がこれに搭乗してイランを無事に脱出することができた、・・・トルコの方々の友情に日本国民が助けられた」(外務省HP 平成21年9月4日「2010年トルコにおける日本年」より筆者抜粋)
当時の駐日トルコ大使は、「私たちはエルトゥールル号の借りを返しただけです」と語っています。
新渡戸稲造曰く、「施せし情けは人の為ならず おのがこころの慰めと知れ 我れ人にかけし恵は忘れても ひとの恩をば長く忘るな」
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事