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ノーサイド

期待

北原巖男

 「これでもか!これでもか!」

 と、言わんばかりに、連日襲って来た猛烈な暑さ。自衛隊員・ご家族の皆さん、そして本紙読者の皆さんのお手元に本紙が届く頃には、やっと秋の訪れを感じる爽やかな空気に接し、鋭気を取り戻されていることを期待して止みません。

 目を現下の国内外諸情勢に転じますと、不安定、不安感はつのり、先行き不透明です。

 国内では、多党化時代に突入。与党が衆参両院で過半数割れ状態の中、自民党新総裁選出に続き、私たちの先頭に立って我が国の舵取りを委ねる首班指名が間もなく行われます。多くの国民が、これまでにない関心と抑えがたい期待を抱きながら注視していることと思います。

 思えば、石破政権が発足したのは、つい昨年10月1日のことでした。その石破首相が辞任表明されたのが、先月9月7日。

 実は、同首相の記者会見の様子をテレビで見ていた筆者の心に、ストンと落ちて来なかったくだりが一か所ありました。

 「〝石破なら変えてくれる、石破らしくやってくれ〟という強いご期待で総裁になったと思っている。しかし、少数与党、あるいは党内において大きな勢力を持っているわけでもありません。多くの方々に配慮しながら、融和に努めながら、誠心誠意努めて来たことが、結果として〝(石破)らしさ〟を失うことになった。どうしたら良かったのかなという思いはございます。」(筆者抜粋)

 これから、どなたが新しい首相に選出されるにしても、未来を見据え、真に日本国民のため、日本をより良く前進させるため、公正無私、なすべきことは断固有言実行して行く。そんな気迫と覚悟を以て、心残り無くリーダーシップを発揮して頂きたいと思います。責任を取るとは、案件をいつまでにやるかだと思います。国民は、命懸けで取り組む、しかし同時に謙虚さを忘れない、強くて優しい“我らが首相”を期待しているのではないでしょうか。

 2022年2月20日に開始されたロシアのウクライナ侵略。3年半以上続いており、停戦の目途は全く立っていません。最近では、あろうことか、ロシアは、ポーランドやエストニアなどのNATO加盟国の領空内に無人機やミグ31戦闘機を侵犯させるなど、脅しにも似た挑発行動に出ています。ポーランド、エストニアにとって、主権国として到底看過し得ない事態の生起です。NATOの緊張感は高まっており、今後、遺漏の無い一体感ある対応が求められます。

 大々的に報じられたアンカレッジにおけるプーチン大統領との首脳会談以降も、トランプ大統領の仲介は、功を奏していません。侵略者ロシアにとって有利となるような停戦などありえません。ましてや、ウクライナが侵略者に対してギブアップせざるを得なくなるような事態は、絶対に生起させてはならないことです。日本は、これからもG7やNATO諸国等と連携を密にしながらウクライナを強力に支援すると共に、なかなか即効性はないのですが、ロシアに対する制裁を一層強めて行くことが重要です。

 強大な侵略者による一方的な現状変更の試みを受けるのは、一人ウクライナだけに留まるものではありません。ウクライナ及び国際社会の対応如何では、明日の日本かもしれません。

 ちなみに、トランプ大統領は、かねてからノーベル平和賞受賞を切望していると伝えられています。10月上旬には、ノーベル賞受賞者の発表があります。昨年は、長年にわたり核廃絶を訴え続けて来られた日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことは、記憶に新しいところです。

 更に、中東では、10月7日には、イスラエルとハマスの衝突から早や2年を迎えます。その間、イスラエル軍の攻撃によるガザ地区の一般市民・子供たちの犠牲者増加は留まるところを知りません。イスラエルは激しく反発していますが、9月16日、国連人権理事会の調査委員会は、ガザにおけるイスラエルの行動を、「ジェノサイド」(集団殺害)として強く非難する報告書を発表しています。翌17日、ガザ保険当局は、イスラエルの攻撃により、これまでに6万5000人以上の一般市民や子供達が犠牲となっている旨伝えています。更に、飢餓や栄養失調による死者は、432人と公表。

 一貫してアメリカの後ろ盾を得ているイスラエルのガザ地上進攻を含むガザ攻撃は、激しさは増すばかりです。日本や欧州を含む国際社会のイスラエルに対する批判・圧力は強まっていますが、テレビ報道に映し出される映画のような破壊シーンと逃げ惑う人々の姿は、今日も続いています。こんなことがいつまで続くのか。解決に対する期待を見通せない無力感は増すばかりです。

 他方、嬉しいご報告もあります。アジアで一番新しい国、東ティモールは、10月26日に、ASEANに正式加盟します。11番目の加盟国です。正式加盟申請をしたのが、2011年3月でしたので、14年7か月を要しました。日本は、2009年3月の麻生内閣の時から、東ティモールの円滑なASEAN加盟を支援し続けて来ています。なお、同国の政治的民主化度ランキングが、ASEANの中でトップであることは、特記すべきことと思います。

 資源小国日本にとって、これまで東ティモールは大切な天然ガス供給国でした。(バユウンダンガス田。海底パイプラインでオーストラリアのダーウィンに運ばれ、精製された年間300万トンの全てが日本向け。2023年に枯渇。)

 新しいガス田(グレーターサンライズガス田)への採掘着手は喫緊の課題であり、そのプロジェクトに対する積極的な関与・産出ガスの入手が期待されます。

 2002年5月20日の独立回復以来、日本の首相は誰も東ティモールを訪問していません。新しい首相には、機を逸することなく、速やかに同国を訪問され、グレーターサンライズガス田の産出ガスの確保、同国初となる政府安全保障能力強化支援(OSA)の速やかな実施、唯一の国立大学(UNTL)における「日本研究センター」の開設等、両国との連携強化を目に見える形で内外に示していただくことを期待します。

  

北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事

読史随感<第181回>

国を支えて国を頼らず…福澤諭吉

神田淳

 かつて世界経済のグローバル化が進むと、国家の役割は減少すると考えられていた。しかし、現在世界は国際秩序が揺らぎ、安全保障が不安定化、経済、技術分野での競争が激化し、国家第一主義が現れるなど、国家の役割は明らかに増大している。

 国家はどうあるべきか。これは国家をつくって生存してきた人類のとてつもない大きな課題で、現代なお大きな課題であり続けている。以下、歴史的に著名な国家論をいくつか振り返ってみよう。

1.アリストテレスの国家論:人間は本質的に共同体をつくって生きる動物であり、国家は家族↓村↓ポリス(都市国家)という段階を経て自然に形成される。国家の目的は最高善の実現であり、それには市民の徳の育成が必要であると説く。

2.マキャベリの国家論:国家の安定と君主の権力維持のために、理想や道徳よりも何より現実の力関係が重視される。君主は愛されるより恐れられる方が良い。武力は国家の独立と安定の基盤で、傭兵に頼るのではなく、自前の軍隊をもつべきと説く。

3.ロックの国家論:人間は自然状態では法の執行や裁判が不安定なため、人々は契約によって国家を形成する。国家は市民の権利(生命、自由、財産)を守るために存在する。市民は国家に一定の服従をする代わりに、国家は市民の権利を保障する義務を負う。国家が契約を破り、市民の権利を侵害した場合、市民は抵抗する権利がある。ロックの国家論が現代の欧米民主主義国家の基本に流れている。

4.レーニンの国家論:国家は階級対立の産物であり、支配階級が被支配階級を抑圧するための機関。国家は軍隊・警察・官僚制によって構成される。選挙による交代ではなく、暴力革命によってプロレタリア国家を樹立する。

 ここで非常に大雑把に論じるが、近代以降、国家の悪を警戒する国家論が増えているように思われる。ある識者(日本人)の国家論によると、国家は「暴力装置」である、国家は暴力によって担保された本質的に自分の利益しか追求しない存在である、国家の実体は税金を取り立てて生活している官僚である、国家が所得の再分配や社会福祉のための機能を果たすことはあるが、それはそのような方策を取らないと官僚の存立基盤が危うくなるときに限られる、社会による監視を怠ると国家の悪はいくらでも拡大する、などと述べられている。

 確かにこれは国家の重要な真実の一面だろう。しかし、国家はどうあるべきかという人類の課題に取り組み、あるべき国家像を探るとき、こうした国家の真実を十分踏まえながらも、なお国家に意義と価値も見出す多面的な国家認識が必要であろう。このとき、古代アリストテレスの説いた、国家の目的は最高善の実現にあるとする国家論や、日本では古代聖徳太子が十七条憲法で示した、官僚は菩薩でなければならないとする国家論は今なお意義を失っていないと私は思う。

 最後に国家論の一部として、国家に対する国民の姿勢について一言。「国を支えて国を頼らず」という福澤諭吉が示した国民のあり方が、国家に対する国民の理想的姿勢だと私は思う。この姿勢は、ケネディ大統領がかつて「国家があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが国家に何ができるかと問いたまえ」と言ったことと共通している。我々日本人は政治を批判しながら、国家に要求し、国家に依存する姿勢が顕著である。福澤の理想は達成されることはないだろうが、この理想を掲げることは無意味でないと思いたい。

(令和7年10月1日)


神田 淳(かんだすなお)

 元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii‐nihon.themedia.jp/)などがある。

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