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空自〝戦闘〟
全国官公庁大会で
美保野球部
写真=全国官公庁大会で健闘を見せた美保野球部ナイン
「全国官公庁野球連盟第77回中央大会」が8月24~27日、大田スタジアムを主会場に東京都内5会場で行われ、航空自衛隊美保基地野球部が鳥取県代表として出場した。
8強入り迫る
「公務員の甲子園」と言われる昭和25年から開催されている伝統ある大会。全国56支部の代表チームに前回優勝チームを含む計57チームによりトーナメント形式で優勝が競われた。
美保基地野球部は昭和32年6月の結成以来69年の歴史を持つ伝統あるチーム。
第3輸送航空隊整備補給群司令・武田博之1空佐を部長に日々練習を重ね、基地所在部隊の隊員及び家族等の熱い応援を受けて鳥取県予選を制し、13年ぶり4回目となる本大会出場を果たした。
本大会では、監督の同隊同群本部・原口大輔空曹長他16名(情報本部美保通信所1名を含む)で全国の強豪チームを相手に熱戦を繰り広げた。
試合は、連日最高気温35度を超える猛暑の中で行われた。1回戦は北海道第四支部代表・白糠町役場に10対0で快勝。翌日の2回戦は奈良県代表・桜井市役所を11対5で破り、ベスト16進出を果たした。
「自衛官らしく諦めず」
しかし3回戦は、新潟県代表・新潟市水道局と最後まで粘り強く戦ったが4対8で惜しくも敗れ、目標のベスト8進出にはあと一歩及ばなかった。
選手たちは全国大会という大舞台で一致団結し、本大会唯一の自衛隊チームとして自衛官らしく最後まで諦めることなく全力でプレーした。今大会で得た経験は、競技力の向上だけでなく、隊員一人ひとりの成長にもつながる貴重な財産となった。
主将の青木一茶3空曹は、「目標としていた結果には届きませんでしたが、美保基地として13年ぶりに全国大会へ出場し、人生の中でもなかなか立つことができない舞台を経験することができました。私自身を含め選手たちが人として成長した姿を見ることができ、大変有意義な大会となりました。今大会で得た経験を糧とし、全国制覇を目指してまた、がんばっていきたいと思います」と大会を振り返った。
美保基地野球部はさらに練成を重ね、ご支援いただいた皆様への感謝を力に変えながら、来年の全国大会優勝を目標に挑戦を続けていく。
入間綱引部
「青の煌めきあおもり国スポ」の公開競技「綱引」が8月22、23の両日、青森・平内町立体育館で開かれ、空自入間基地綱引部(部長・蔵直哉1空曹以下15人)が「埼玉県」チームとして出場、健闘を見せた。同部、自衛隊チームの国スポ出場は初めて。
「国スポ」挑む
「航空自衛隊の名を背負って戦った」--。強豪・実力チームが集う国民スポーツ大会に〝出撃〟した入間基地綱引部が存在感を見せた。
同部は令和6年1月、現在も総監督として指導・支援にあたる現航空総隊副司令官(当時航空救難団司令)の亀岡弘空将が発起人となって創部された。
救難教育隊(兼救難団司令部防衛部)の救難員で滋賀県のトップチーム「BIWAKO同志会」でも活躍するコーチ、緒方康彦空曹長の指導を受けながら、部員一同が「航空自衛隊の名を表彰台に掲げ総監督の思いに応えたい、という一心で練習に励んでいる」(蔵部長)。
チーム結成から2年半と競技経験が浅く、平均年齢も若いチーム。大会には、「他チームへのリスペクトと、挑戦者としての気持ちを常に持ちながら各試合に臨んだ」(蔵部長)。
大会には地方ブロック予選を勝ち上がった7チームが出場。総当たり戦、続く決勝トーナメントで勝敗を競った。
総当たり戦全6試合のうち、全国屈指の強豪でそろえる「宮城県」との対戦は激戦となった。
互いに譲らず、どちらに綱が引き込まれてもおかしくない緊迫した試合は、結果としては敗れたものの、「対等に戦えたという手応えを感じることができた。大きな自信となった」(蔵部長)という。
チームは決勝トーナメント1回戦で「秋田県」に敗戦。大会は「宮城県」が制した。
全国の強豪チームを相手に果敢な〝戦闘〟を繰り広げた入間基地綱引部。
部長の蔵1曹は、「主将の大﨑(創二朗2空曹)を筆頭に課題や反省点を洗い出し、一つでも多く改善できるよう取り組んできた」と振り返った。
また「航空幕僚監部厚生課長をはじめ、中部航空警戒管制団司令部人事部長、訓練班長、つばさ会など多くの方々のご支援、ご理解があったからこそ(国スポの)舞台に立つことができた。感謝の気持ちを胸に、一戦一戦戦いました」と語った。
国スポとは
80回目の節目となった国民スポーツ大会(旧国民体育大会)。正式競技は37競技。公開競技は綱引を含む7競技。綱引は1チーム8人で編成。相手チームを4メートル、味方チーム側に引き込んだ方を勝利とした。試合時間は無制限。