自衛隊ニュース
海自最年長パイロットがラストフライト
再任用で65歳まで飛び続ける<徳島教育航空群>
写真=ラストフライトセレモニー
長年にわたり搭乗員の育成・教育に尽力してきた髙川3佐(特別昇任・髙川2佐)が、5月22日にラストフライトの日を迎えた。髙川3佐は第34期航空学生としてパイロットの道を歩み始め、その後、数々の任務と経験を重ね、最後は第202教育航空隊の教官として後進の育成に従事し、海上自衛官のみならず海上保安官のパイロットを送り出してきた。
一度は定年を迎えたが、再任用制度により引き続き勤務し、海上自衛隊で初めて65歳まで飛び続けた固定翼パイロットとして、学生教育を支え続けた。
長年培った卓越した操縦技量と豊富な経験はもちろん、いつも絶やすことのない笑顔と温厚な人柄で、隊員や学生から深く慕われる存在であった。学生たちに優しく声を掛け、時には自らの経験を交えながら導く姿は、多くの若い搭乗員たちの支えとなった。
エプロンにはご家族が見守るなか、多くの隊員や学生が集まり、大きな拍手と笑顔でラストフライトを終えた髙川3佐を出迎えた。その他、感謝と敬意を込めたラストフライトセレモニーが行われ、65歳まで大空を飛び続けたパイロットの功績を称える感動的な締めくくりとなった。
空自OBのトップHMが
「身だしなみ」伝授<第5術科学校>
写真=男性隊員を施術する原田氏
第5術科学校(学校長・聖德麻未空将補=小牧)は3月27日、講師として、航空自衛隊OBで現在は資生堂トップヘアメイクアップアーティストとして活躍する原田忠氏を招き、「任務を支える身だしなみ」と題した講話を実施した。
原田氏は航空自衛隊入隊後、第5術科学校で航空管制官としての知識・技能を習得し、千歳管制隊に配属され、その後、美容師に転身した。自衛官としての経験が自らの美意識の原点にあると語り、それらの経験を踏まえ、自衛官の若年層からベテランまで幅広い世代に向け、身だしなみの意義やプロフェッショナルとしての覚悟等について講話した。
講話では、ヘアメイクによる人物のイメージアップ効果について分かりやすく解説し、特に、原田氏から施術を受けた航空自衛官の映像が上映されると、聴衆はヘアメイクが与えるポジティブなイメージの変化に強い印象を受けた。聴講した隊員からは、若々しさを保つ秘訣や使用した整髪料とその使い方等について活発な質問が寄せられ、自己研磨への高い関心がうかがえた。
講話に先立ち、希望者をモデルとしたヘアメイクの実演も行われ、原田氏は見学者からの質問にも丁寧にコミュニケーションを取りながら施術を進めるとともに、見学者は、目の前で変化していくモデルの姿や気持ちに驚き、会場は大いに盛り上がった。
読史随感<第199回>
神田 淳
キリスト教国アメリカ
近年アメリカは変わった。トランプ氏は歴代大統領と相当違っている。世界はトランプ大統領の発言、行動に戸惑いを隠せない。全く予測が立たない。トランプを大統領に選ぶようになったアメリカが変わったのだと、識者は言うが、実はあまり変わっていないのかもしれない。アメリカ社会の根幹に存する宗教(キリスト教)の視点から見れば、アメリカ社会の変化の本質がわかるかもしれない。
17世紀、ピルグリム・ファーザーズは信仰の自由を求めて英国からアメリカに渡り、プリマスに植民地を開いた。敬虔なプロテスタントのピューリタン(清教徒)を主メンバーとするピルグリム・ファーザーズは、建国の父でありアメリカの宗教的、道徳的精神の原点とされる。以来アメリカを主導してきたのは、WASP(White/Anglo‐Saxon/Protestant‐白人、アングロ・サクソン、プロテスタント)と呼ばれる人たちである。WASPはプロテスタントの宗教倫理を強く持ち、その倫理観はアメリカ国家の宗教、倫理、政治文化に深く影響した。今も一部の保守派がアメリカはキリスト教国家として建てられたと主張、政治的スローガンとして用いている。
加藤喜之氏(立教大学教授)は『福音派‐終末論に引き裂かれるアメリカ社会』という著書で、近年アメリカプロテスタントの最大集団となった「福音派」の活動の歴史を研究し、福音派が現代のアメリカの政治、文化に与えた大きな影響を明らかにしている。
アメリカの福音派は、神の言葉としての聖書、個人的な回心体験、救いの条件としての信仰、そして布教を重んじる宗教集団であり、何より終末論を強く信じる。十字架上で死んだイエスは復活して神の右に座しており、いつの日か再臨し、最後の審判を下す。福音派はイエスの再臨が近いと信じ、自らを神の側に立つ善の力と見なし、世俗主義や道徳的退廃という悪に立ち向かう。福音派にとっての悪は、単に倫理的な善の欠落ではなく、実体を伴ったサタンや悪魔であるゆえ、社会的、政治的問題との対峙であってもその背後にあるサタンや悪魔との戦いとなり、妥協が難しい。
福音派の白人は圧倒的にトランプを支持している。弾劾裁判、暗殺未遂やメディアによる攻撃をものともせず、邁進するトランプの背後に闇の力に立ち向かう神の偉大な恩寵があると、支持者たちは信じている。トランプ支持者たちにとって、政治は討議を中心とした民主的なプロセスで行われるものではなく、そこには明確な善悪があり、善の背後には神が、悪の背後にはサタンがいる。だから敵を悪魔化し、徹底的に叩くことが可能になる。ここにアメリカ社会が分極化する鍵があると、加藤喜之氏は言う。
福音派も一枚岩ではなく、自由主義的な左派と見られる人たちも多数存在する。しかし、もともとファンダメンタリスト(原理主義者)であり、イエスによる福音を強く信じ、個人の宗教的回心を重んじる信仰の篤い人たちである。この50年で福音派がプロテスタント最大勢力となり、アメリカの政治、文化に大きな影響を与える状況を見て、アメリカは、やはり伝統的なプロテスタントのキリスト教国家との思いがする。
終末論を信じ、悪との戦いをサタンとの戦いとみるのも篤いキリスト教信仰の帰結であろうが、ここに問題がある。日本人はサタンなど実在せず悪の象徴に過ぎないと思っている。悪に対する厳しい認識に欠けるとの批判はあるが、悪を絶対視しない日本人の伝統的思考をよしとする。
(令和8年7月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii‐nihon.themedia.jp/)などがある。
操縦席からの回顧録
~大いなる空へ夢を乗せて~
手記:井上 正利(監修:芦川 淳)
<第18回>バートル天国、男は常に紳士たれ!
写真=東京湾に面して置かれる木更津駐屯地には、陸上自衛隊最大の航空部隊である第1ヘリコプター団が駐屯する(図:芦川淳)
平成元年(1989年)3月吉日、久留米の陸上自衛隊幹部候補生学校を卒業すると、私は晴れて幹部に任官、肩に3等陸尉の階級章を付けて札幌へと戻った。そしてUH1で最後となる飛行慣熟訓練を済ますと、期待と不安を胸に千葉県の木更津へと旅立った。かくして平成元年4月1日、私はエイプリルフールの日に不定期異動によって木更津の第一ヘリコプター団に配置されたのである。結局、北海道時代の私はUH1Bで256時間、UH1Hでは414時間、合わせて670時間を飛行し、これ以降、UH1に搭乗することは一度もなかった。
ちなみに新しい赴任先である第1ヘリ団は、陸自の中でも航空部隊としては最大規模の部隊だ。広大なエプロンだけでなく1800mの滑走路も有し、管制塔業務を含め管理のすべて陸自だけでまかなっている唯一無二の駐屯地でもある。当時の第一ヘリ団の編成は、大きく第1ヘリコプター隊と第2ヘリコプター隊、そして本部管理中隊に分かれていた。いずれのヘリコプター隊も共に大型ヘリV107バートルを運用し、その機数は合わせて40機もあった。また司令部直下の本部管理中隊では固定翼のLR1×2機を運用していた。陸自全体を見渡してこれ程の機数を運用する航空部隊は他にない。
秋に開催される駐屯地記念行事のときには、総勢で約30機のバートルを集めたまるで空中パレードのような大編隊飛行が行われて、パイロット目線でもこれは圧巻だと感じたものである。後日、私もその編隊のなかの1機としてフライトしたが、そのときのポジションが編隊の中央付近だったので周囲はバートルだらけで、僚機の後方乱気流やら凄い圧迫感を感じたものだった。しかし風景そのものはものすごい迫力だったのでマニアにはたまらない光景だったと思う。
余談になるが、その後の木更津勤務の中で幾度か体験搭乗フライトのパイロットを担当した際に、搭乗者の中には、我々顔負けの上下迷彩服でやってくるミリタリーオタクやシャッターを押しまくる熱心な航空機写真マニアがいて驚かされたものだ。ちなみにその迷彩服オタクは、どんな手を使ったのか何度も何度も繰り返し搭乗していて、時折、私と視線が合うとバツ悪そうな顔をしていたが、私は逆にそこまで付き合ってくれる行動がとても嬉しく、後で一緒に記念撮影に応じ
ると凄く喜んでくれていた。
第1ヘリ団はヘリコプターの機数も多く、搭乗の枠も多かったので抽選と言いつつも待てば殆ど搭乗出来たようで、親子連れなど本当に沢山の方達が楽しまれていた。体験搭乗中は特にチビッ子に気をかけ、水平飛行中にはなるべく操縦室に招いてここからの大パノラマを楽しんで貰うように心がけていた。そのときの感動から、俺もパイロットになろうと決めた子もいたのではないかと思う。自分がそうであったように・・・。
さて、話を戻すと、私はその第1ヘリ団第2ヘリコプター隊の第1飛行隊に配属された。私の部隊には、4年前のJAL123便御巣鷹山墜落事故の救援活動で活躍した操縦士たちが沢山いて、その彼らの第一印象たるやまるで猛者集団の塊のような感じで、UHの操縦士とは異なる雰囲気にとても圧倒されたものである。これはあくまでも私見だが、面白いことに操縦する航空機の機種によってパイロットの性格や行動・考え方などが別れているように感じている。同じ機種のパイロット同士は似通っている傾向があるのだ。
基地のベースオペレーションで天候やノータムチェックなどしているパイロットたちの姿を見て、「あっ、こいつはOH6だな」とか「こいつはUH1だ」とか、「この鈍くさい、のったりとしている奴はV107だな」と大体は判ったものである。やはりそれぞれで雰囲気が違う。中でもひと際輝いて見えていたのが、憧れていたLR1の操縦士達であった。飛行靴はいつもピカピカ、飛行服はピシッとアイロンがかかり、マフラーも純白で本当に凛々しく感じ、気象予報官やディスパッチャーと会話している態度や言葉づかいを聞いても、本物のジェントルマンだなあと感じていた。
彼等の部隊は操縦士が少人数、かつVIP空輸などが多いことから躾も厳しく、礼儀を重んじ常に爽やかさが漂っていた。後に自分がこの固定翼部隊に配属されて知ったことだが、やはり細かい作法や身だしなみに統制があった。要はパイロットたる前に「男は紳士たれ」というわけである。
(つづく)
井上正利(いのうえまさとし)少工校20期生。
陸自では希少な固定翼機操縦士として緊急患者空輸等で活躍(総飛行時間4967時間)、現在は航空会社の那覇営業所長と安全推進室長を兼任