自衛隊ニュース

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海上自衛隊先任伍長制度創設記念
横須賀地区OB祝賀会

写真=先任伍長OBと現役が意見交換


 3月14日、横須賀市内のメルキュールホテルで、「海上自衛隊 先任伍長制度創設記念横須賀地区OB祝賀会」が開催された。これは、「先任伍長制度」発足から23年を迎え、歴代先任伍長の歩み、制度の進化、これまで築いてきた「先任伍長の心得*」等を次世代へ継承する意義深い時間を共有しようというもの。

 初代海自先任伍長佐賀幾雄氏・第4代海自先任伍長宮前稔明氏・第5代海自先任伍長関秀之氏・第6代海自先任伍長東和仁氏らOB40名と自衛艦隊先任伍長・横須賀地方隊先任伍長・水上艦隊先任伍長・幹部学校先任伍長ら現役(含再任用者)17名で、賑やかな時間を共有した。出席者からは、「懐かしい仲間との再会に感謝しています」「先任伍長制度の変化に驚きもあるが時代とともに成長していると感じた」「現役と会話ができて凄く楽しい時間を過ごせた」「苦労をともにした仲間と語り合えることは嬉しい」などの感想が聞かれた。

 主催者の第5代海自先任伍長関秀之氏は、「今回の目的は、変化を続ける制度について、現役先任伍長の皆さんと退職した先任伍長が語り合う場をつくること、そして会う機会が減った仲間との再会を実現することでした。多くの方から寄せられたメッセージからも、制度への熱い思いが強く伝わってきました。

 この制度は、創設当初から掲げられている『生きている制度』の言葉どおり、時代に合わせて変化を重ねて現在に至っています。私たちも、今後のさらなる発展と変化を微力ながら支えていきたいと考えています」と語る。

 昨年度は制度改革などもあったが「何かあったら先任伍長に聞け」はこれからも変わらない。


*端的に強いネットワーク力と現場を知るリーダー「ASK The Chief」

日本防衛の核心としての自衛官
‐人的基盤はいかにあるべきか‐
<第16回>

笹川平和財団日米・安全保障研究ユニット総括・交流グループ長 河上康博(元海将補)

防衛力における人的基盤の抜本的強化が日本を救う(まとめ)

 笹川平和財団 安全保障戦略のあり方(人的基盤の強化)研究会では、2024年4月から、生命を賭して職務に従事することを宣誓した唯一の公務員という自衛官の特殊性を中心に据えて検討を進めてきた。しかし、同様の宣誓は、自衛官のみならず防衛省に勤務する事務官や技官等にも義務づけられている。事務官や技官等は、「防衛力の一要素として自衛隊の活動を支えるとともに、防衛力の抜本的強化やそれに伴う政策の企画立案、部隊における運用支援等のために重要な役割を果たす」(「国家防衛戦略」より)存在であり、その確保も重要な課題である。

 防衛力における人的基盤を強化するためには、事務官等の確保策や今回提言した処遇改善などの実務的課題を掘り下げるのみならず、官民の役割分担の見直し、さらには国家としての人的資源の活用の在り方といった根本課題に向き合う必要がある。同研究会メンバーは、これら多方面の課題へのアプローチを続けながら、政府による自衛官募集の改善努力の進捗を見極めていくこととしている。

 また、昨年5月、中間報告として様々な施策を提言したが、これらの中には安全保障教育や平時から有事までの切れ目のない官民協力の促進など防衛省・自衛隊のみの努力では解決できない課題が含まれている。そうした課題の多くは、日本の国家・社会における自衛隊の位置づけとその前提となる国防の必要性に関する基本認識が未だ確立されていないことに由来している。日本国憲法に国防の必要性・重要性と自衛隊の存在を明記することが、社会基盤を強化し、これらの課題の解決に寄与することは明らかである。

 研究会では、実現性ある提言とすることで、まずは人的基盤強化の実行を求めているが、あるべき姿としては、憲法で自衛隊を認定することが、最も抜本的な防衛力における人的基盤の強化につながると考えている。自衛隊は、自己犠牲の精神に基づき災害救援をはじめとして長年献身的な活動を続けてきた結果、今や国民各層の幅広い理解と支持を得ている。にもかかわらず、憲法に根拠が明示されていないため、未だに自衛隊の存在を違憲とする法解釈が存在する。このような状態が放置されていることは、国防の必要性、自衛隊の職務の重要性・困難性などについての正確な理解をゆがめ、自衛隊を正当に評価し隊員に敬意を表することを妨げている。

 昨今いわゆる護憲派の議論の中には、憲法に明文規定がなくても政府は自衛隊を合憲と解釈しているし、現に自衛隊は広く国民の理解を得ているのだからあえて明文化を急ぐ必要はないという意見まで見受けられる。これなどは、現状に合った憲法を目指すよりも、憲法を一言一句変えないことを優先するという本末転倒の主張にすら聞こえる。

 また、戦後80年近く平和が続いてきたこともあり、国が緊急事態に直面した場合の対応について正面から議論する機運は乏しかった。特に、戦争や軍事一般に対する国民の忌避感は強く、武力攻撃事態における自衛隊の活動や国民保護のための活動に対して国民がいかに関わるかという観点からの議論は不十分である。

 しかし、歯止めのかからない人口減少は、経済成長を阻害するだけでなく、国としての緊急事態への対処の在り方にも重大な影響を及ぼす。既に、昨今頻発している大規模災害においては、国・自衛隊と地方自治体、民間企業、地域住民、さらにはボランティアなどの相互の連携がなければ対応がおぼつかないことが明らかとなっており、「自助・共助・公助」の組み合わせの重要性が認識されている。このことは、武力攻撃事態においても当てはまるものであり、憲法の緊急事態条項については、こうした観点から地に足のついた議論が急務である。

 昨今の安全保障に係る国際情勢が格段に厳しさを増していることから、国会での議論の必要性が再度うたわれている。現実的な政策を追求せねばならない現在の状況は、憲法によって国の基本的な在り方をどう規定するかについて建設的な議論を行うチャンスであるようにも感じられる。今後、国会をはじめ各方面において精力的に議論が展開されることを期待してやまない。


安全保障戦略のあり方研究 | 総括・交流グループ(日米・安全保障研究ユニット)-事業一覧 | 笹川平和財団 - THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION


https://www.spf.org/about/staffs/0095.html


操縦席からの回顧録
~大いなる空へ夢を乗せて~
手記:井上 正利(監修:芦川 淳)

<第13回>プロパイロットとしての門出

写真=冬期の北海道では容易に空間識失調へ陥るため、特に曇天時には神経を使うフライトが要求される(写真:芦川淳)


 新人パイロットとして北部方面ヘリコプター隊の配属になり、操縦学生ならぬ掃除学生の見習い期間が終わって念願のフライトが始まったのは、それからおよそ1カ月がたち先輩方のコーヒー入れにすっかり慣れた頃からであった。そこでまず教わったのは、内地(北海道からみた本州のこと)とはまったく異なる冬の北海道の厳しい気象環境についてであった。飛行前点検のとき、暖房のガンガン効いた格納庫から駐機場へと機体を移動すると、温度差から結露が生じ、それが冷気に触れて凍結する。その際に素手で機体に触るのは厳禁だ。手肌が機体に貼りついて取れなくなってしまうのだ。同様に燃料タンク内部を目視でチェックしようと燃料キャップを開けると、熱で膨張した燃料が噴き出すこともあり、慣れの常態化は危険を伴うものである。

 また実際のフライトでも、スノーバンドやホワイトアウトといった北海道特有の局地気象が大きなネックとなった。スノーバンドというのは雪雲の帯を指す気象用語で、降雪をもたらす雲が帯状に連なって、かなりのスピードで接近する。地形や風の影響、気圧配置によって発生の形態が異なり、ときには雪雲が物凄い勢いで湧くように次から次へと発生することもある。航空機の気象レーダーでもしっかりと映るが、スノーバンドのなかにはヘリの飛行速度と同じくらいに移動するものがある。

 フライト中にスノーバンド発生の情報を入手したら、基地まで最短時間かつ、状況が許す最高速度を出して帰投した。自分より先にスノーバンドが基地上空に到達すると、視程不良や低シーリング(下層雲が低すぎて有視界飛行で空港に進入出来ない)によって着陸ができなくなる可能性が高いからだ。こうなるとスノーバンドを大きく避けるように迂回して飛行し、雲が通過するのを待つしかなかった。

 またホワイトアウトは、雪が舞う中でのフライト中にバックの曇天とのコントラストが失われることでバーディゴ(空間識失調)、つまり空中での機体姿勢を錯覚したままの状態に入ってしまうことを言う。これに陥ると最悪の場合、天地が反転するまで感覚を失うから怖い。ちなみにこのホワイトアウト、一般的には降雪時に起こりやすいと言われているが、実際に経験すると雪の降っていない曇天時の方が陥りやすいと感じた。地上の積雪に背景の曇天が重なると地平線が消失して見えるのだ。1979年には、ニュージーランド航空のDC‐10型機が南極での遊覧飛行中に雪山へ激突する事故があった。これは降雪の無い曇天時の有視界飛行中に、ホワイトアウトへと陥ったのが原因だった。

 洋上での救難飛行中に海面の色と空の色が重なった時や、夜間に月明かりが無いときの飛行でも同じことが起きる。これは視覚からの情報と三半規管からの情報が錯綜してしまう人間の生理的な弱点でもあり、どんなベテランパイロットでも条件が揃えば容易にバーディゴに入ってしまう。しかし現象を熟知しておくことで最初からバーディゴに陥らないよう回避することもできるし、計器飛行に素早く移行し、その状態からいち早く抜け出すことも可能なのである。

 そんな恐ろしい北海道の雪だが、福岡出身の私に生まれて初めてのスキーの経験も与えてくれた思い出もある。自衛隊で使うスキーはいわゆる山スキーなので、一般的アルペンスキーの板と違って足首が固定されていない。当時はスキー板も竹製であったので、使うときにはいちいち雪質と外気温に合わせたワックスを塗らないとまったく滑ってくれない。ワックスを間違えると底面に雪が段々と付着し、やがて最後には動けなくなるという悲惨な目に合う。しかも親切な先輩方はわざと違うワックスを指定してくるので、それに騙されて被害が拡大することも多々あった。自衛隊の独特のスキー道具になかなか馴染めず、とにかく習熟には苦労した。方向転向なんて最初のうちはまったくできず、1シーズンもやり込めばゲレンデの上から下まで何とか滑れるまでにはなるが、結局、北海道での勤務中に得意なのは直滑降のみであった!

 ただ、このスキー訓練からフライトについての多くの学びもあった。日本国内それぞれ雪質に違いが有り、北海道は乾燥した雪質なので滑り易いが、本州の雪質は湿気が多くて滑りづらいといった違いである。もし飛行中のトラブルで雪上に緊急着陸をしたと仮定した場合、状況によっては、最終的には雪面上を滑走することになる。そのため、飛行する地域の雪質を熟知しておくことは、緊急時の最終判断の良き材料にもなったのである。(つづく)


井上正利(いのうえまさとし)少工校20期生。

 陸自では希少な固定翼機操縦士として緊急患者空輸等で活躍(総飛行時間4967時間)、現在は航空会社の那覇営業所長と安全推進室長を兼任

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