自衛隊ニュース

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読史随感<第190回>
神田 淳

西欧的価値について

 近年、特にトランプ大統領の出現後、及びウクライナ戦争の勃発後、世界情勢が変化し、世界の支配的な価値観も変わりつつあるのではないかとの見方が広がっている。西欧諸国のリーダーたるアメリカのトランプ大統領は、自由、民主主義、人権といった西欧的価値を一切口にしない。大統領個人ではなく、アメリカの民主主義が後退していると国際機関のデータが示している。ソ連崩壊後、急速な欧米流の自由化に失敗した歴史を経験するプーチン・ロシア大統領は、西欧的価値に不信感をもっている。ウクライナ戦争をロシアの侵略戦争として非難するのは、西欧的価値観の国(日本を含む)で、中国は容認している。中国は、自由、人権、民主主義、司法の独立といった西欧的価値を普遍的価値とは認めていない。国際IDEAの「世界民主主義の現状2025」は、世界の54%の国が民主主義指標を後退させたと報告している。そして後退傾向は、西欧の成熟した民主主義国にも見られるという。

 しかし、西欧が封建時代から近代を切り開く過程で生み出した自由、民主主義、人間の尊厳、法の支配といった価値観は、普遍性をもった、すぐれた価値観だと私は思う。今、世界で後退しているように見えるが、なお欧米諸国の背骨の価値観として根強く健在であると信じたい。

 西欧的価値を改めて吟味してみよう。まず自由だが、言論の自由、良心・信仰・思想・信条の自由、職業の自由、自由主義経済、私有財産の尊重、政治活動の自由など、基本的な価値である。自由と不可分の価値が、個人の尊厳の価値である。人は生まれながらにして不可侵の尊い価値をもつ。尊厳の価値は、自由だけでなく、人権、平等といった価値観の基礎に横たわっている。欧米は個人主義だが、個人主義は他人の自由と権利を自分と同等に認める主義で、利己主義とは全く異なる。そして民主主義。イギリスで成立した議会制民主主義は、近代の良き制度として世界のモデルとなった。次に、法の支配という価値観であるが、法の支配は、権力者も等しく法に従うという思想である。法は国家統治の手段であって、党が法の上位にあるとする中国の法治思想とは異なる。私は西欧の法の支配をよしとする。そして西欧近代が生んだ合理主義と科学精神。普遍的であるゆえ、世界に広がっている。

 日本は今後も西欧的価値観のもとに世界で生きて行くのがよいと私は信じるが、それは西欧的価値が人類普遍の良さを持つ価値と思うだけでなく、日本にも同様の価値を生んだ歴史があると思うからでもある。西欧的価値と日本的価値は異質だとする見解が主流であろうが、私は共通するものが結構あると思っている。古代、聖徳太子は十七条憲法を定め、独裁を否定し、衆議によって物事を決めるべきことと、人は皆違っていて凡夫であるという平等観を述べている。民主的である。鎌倉時代、武家法として成立した貞永式目は、道理を立法の精神とした。道理重視は、西欧近代の生んだ理性重視の精神と同じである。日本社会は古くから権力の独裁を避ける民主主義の土壌があった。村落共同体の寄り合いは合議だったし、武家社会の評定も合議だった。明治になって、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」を国家運営の基本方針とした。西欧に学んだ方針であったが、日本の伝統にも即していた。自由については、日本は世界的にみて、概して自由度の高い社会だったと私は思う。欧米のように自由を標榜することがなかったのは、自由が侵害されていると意識されない社会だった面もあるのではないか。自由が少ないと見られる武家社会にも、「己を律する自由」を重んじる武士道があった。

(令和8年2月15日)


神田 淳(かんだすなお)

 元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii‐nihon.themedia.jp/)などがある。

ノーサイド
北原 巖男

民意を受けて

 2月8日に行われた衆議院議員選挙は、自由民主党の歴史的大勝利となりました。衆議院議員全465議席の約68%にあたる316議席を独占。単独の党が全議席の3分の2を超える議席を確保したのは、戦後初であり、常任委員会の全ての委員長ポストの独占が可能とのことです。また与党が過半数に及ばない参議院において、仮に衆議院から送られた法案が否決された場合でも、衆議院で再可決が出来ます。更には、憲法改正の国会発議も可能な議席数です。(連立を組む日本維新の会が獲得した36議席と合わせると与党は352議席となり、全議席の約76%を占めることになります)。

 この選挙結果は、ひとえに国民が、日本の舵取りをいわゆる2世や3世等の議員でなく、自らガラスの天井を打ち破り、働いて働いて働いて働き続けるわが国初の女性宰相・高市早苗首相に委ねることを、はっきり選択したことを示しています。

 選挙戦開始に当たって発した「与党で過半数を割ったら直ちに首相を辞任する」等、自ら退路を断った高市早苗首相の歯切れのよい覚悟の言明を始め、その力強い発信力は、次代を担う多くの若者を始め世代を超えた国民の琴線に触れたのではないでしょうか。「高市早苗首相ならやってくれるのではないか」。

 今回の選挙の特色は、人間ステーツウーマンにして日本の強いリーダーたる高市早苗首相個人に対する信任投票そのもの。そして、圧倒的な信任を勝ち得た高市早苗首相。

 今、高市首相は、公約した「国論を二分するような大胆な政策の転換」を始め各種政策の速やかな実現に向け、先頭に立って邁進して行く決意と覚悟を新たにされておられると共に、「勝って兜の緒を締めよ」との強い気持ちも持たれていることと思います。

 これから2月18日にも召集が予定される特別国会で改めて首班指名を受け、天皇陛下から首相に任命される高市早苗首相は、速やかに第2次高市政権を発足させることになります。高市政権は、よほどのことが無い限り、今回のような議員任期僅か1年3か月で解散・選挙というような事態の生起は想定し得ません。安定政権として、これから少なくとも任期の4年近く、更にその先にわたって政権を運営して行くことになると思われます。

 高市早苗首相は、民意の圧倒的信任・支持を得た責任と矜持を以て、山積する内政・外政の諸課題・懸案に取り組んで行かれます。これまでになく厳しい国内外の諸情勢の真っ只中にあって、今こそ決められない政治・問題先送り政治からの脱却が期待されます。

 同時に極めて大事なことは、驕ることなくどこまでも謙虚さを忘れないで頂きたいことです。国民の民意は、白紙委任状を与えたことではありません。

 首相の座に在る方はどなたも、特に強い首相とみなされるような方は、ある意味大変孤独ではないかと思います。状況を全く承知する立場にない筆者が、はなはだ僭越なことを申し上げることは失礼千万でしょうが、これから高市早苗首相ご自身に対し直接諫言される方の存在は、益々、極めて重要になって行くと思います。高市早苗首相には、そのような方が是非在って欲しいです。おられる場合は、かけがえの無い方です。耳は痛いでしょうが、大切にし

ていただきたいと思います。

 国会においても、異なったり反対する意見等にも真摯に耳を傾け、丁寧に議論を尽くし、卓越されたリーダーシップを発揮して行って頂きたいと思います。

 昨年10月24日に開催された第102回国会。高市早苗首相はその所信表明で聖徳太子の「十七条の憲法」を引用した上で、次のように呼びかけました。

 「古来より、我が国においては衆議が重視されてきました。政治とは、独断ではなく、共に語り、共に悩み、共に決める営みです。私は、国家国民のため、各党の皆さんと真摯に向き合い、未来を築いて参ります。・・・どうか皆様、共に日本の新たな一歩を踏み出しましょう。」

 与野党拮抗し、予算案や法案成立等のためには、慎重な国会運営が不可欠であった昨年の議員構成と今回の選挙結果に基づく議員構成とでは、その様相は正に驚天動地、全く異なります。

 でも、むしろ、であればこそ、間もなく召集される特別国会における施政方針演説において、改めて高市早苗首相から同旨の再言を望んで止みません。

 今回の選挙結果は、新たな時代の幕開けと言っても過言ではありません。

 防衛省・自衛隊の皆さんには、国民の理解と支持を大前提に、強い高市早苗首相そして間もなく任命される防衛大臣のもとで、いかなる事態の生起に際しても日本の平和と国民を守り、以て国民の負託に応えて行くためのしたたかな防衛外交の展開・防衛力の抜本的強化・国内防衛基盤の整備・士気の高い隊員及び部隊の練度向上等に努めると共に、国権の最高機関である国会での審議等に臨んでは、出来る限り分かり易い応答・説明等に努めて頂きたいと思います。

 自衛隊は、どこまでも常に国民と共に在る国民の自衛隊です。

(ご参考)

 筆者は、今回の選挙で女性議員の躍進を期待しました。しかし当選された女性議員は、465名中68名(14・6%)。過去2番目の高さとのことですが、前回、石破茂首相の下で行われた2024年10月の衆議院議員選挙の際の73名(15・7%)に及ばず、かつて安倍晋三首相が言われていた女性議員の割合を30%へ、には程遠い数字です。ちなみに、昨年10月に11番目のASEAN加盟国となった東ティモールの国民議会議員に占める女性議員の割合は約38%。


北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事

ウクライナ国防大臣から表彰
傷病兵への医療支援で

写真=メダルを授与される田代1空佐


前防駐官 田代明彦1空佐

 1月14日、航空自衛隊幹部学校航空研究センターに所属する田代明彦1空佐が、ウクライナ傷病兵に対する日本国内での医療支援の実現に寄与した功績により、ウクライナ国防大臣(駐日大使代理)から表彰を受けた。

 田代1空佐は、令和3年6月から令和6年4月まで、防衛駐在官として在ウクライナ日本大使館に勤務し、在任中は国内外の関係機関との調整を通じて、ウクライナ支援施策の具体化に携わった。傷病兵に対する医療支援に加え、退避先となったポーランドを含む周辺国においても、日本の将来への備えを見据え、連帯を示す重要性の観点から、関係機関と連携した各種支援活動に従事した。

 令和4年6月には、露のウクライナへの大規模侵攻の数カ月前から日本政府に警鐘をならすとともに、侵攻開始後の混乱下では、邦人保護のため首都キーウに留まり、任務を継続した。情勢がさらに悪化する中では、自らがドライバーとなって大使館職員の退避を実施し、邦人及び職員の安全確保に尽力した。これら、早期の段階からの日本政府への警鐘、自らの命の危険を顧みず職責を全うした行動が高く評価され、岸防衛大臣から1級賞詞が授与された。その後、令和5年11月にはウクライナ軍総司令官から『ウクライナ支援』に関する表彰を受け、令和6年1月には、日・ウクライナ両国学校当局間の防衛協力の促進に寄与したとして、ウクライナ国防大学学校長から『武勇』勲章を受章している。

 帰国後は、部内外からの要請に応じ、講話や勉強会を積極的に実施し、二度と同様の惨禍を繰り返させてはならないとの強い思いの下、戦争体験を通じて得た戦争を抑止することの重要性、また、戦争に関する各種教訓や知見を紹介しており、講話や勉強会はNSSをはじめとする政府機関、各自衛隊の部隊・学校、大学などで広範に行われ、これまでに45回に及んでいる。


 田代 明彦1空佐 昭和52年生(福岡市出身、9人兄弟・5男)防衛大学46期/高射運用特技

 平成10年に佐賀大学中退後(経済学部)、平成14年に防衛大学卒業(航空宇宙工学)、H27年には拓殖大学大学院卒(夜学:安全保障危機管理修士)、主に高射運用特技として各地で勤務。平成19年にはゴラン高原派遣輸送隊(イスラエル・シリア)にてPKO任務に従事。安全保障戦略課程1期生(令和7年)

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