自衛隊ニュース
年男年女 新年の抱負
よせがき
第49普通科連隊(豊川)
馬にまつわる話
石川 公文1陸尉
新年明けましておめでとうございます。午年の年男として馬にまつわるお話をさせていただきます。
馬は大昔から人間と共に生活し、性格は草食動物であり基本的に温厚で従順です。軍事的には騎兵隊や荷馬車といった活用もされ、近年もアフガンの山岳地帯等においてその機動力が再活用されています。馬にまつわる慣用句等も多く日本人としても身近な存在なのではないでしょうか。また、馬の蹄(ひづめ)、は魔除けや幸運のシンボルとされ、その形状から上向きだと幸運を溜め込む、下向きだと不運を落とす。と言われどちら向きでも縁起の良い物とされています。
この様に馴染み深い馬ですが、年男として今年は“人間万事塞翁が馬〟をスローガンに目の前の障害は大きく跳躍(飛躍)するチャンスと捉え前向きに行動したいと思います。決して“馬耳東風〟“馬の耳に念仏〟と言われる事の無き様、人様のお声に耳を傾ける一年にします。本年もよろしくお願いいたします。
初心を忘れず
瀧本 雅美2陸曹
新年明けましておめでとうございます。
本年、年女を迎えるにあたり、これまでお世話になった上司や仲間への感謝の気持ちを忘れず、新たな一歩を踏み出す年にしていきたいと考えています。これまでの経験を大切にしながら、自分にできることを一つひとつ確実に積み重ね、任務を着実に遂行できるよう努めていきたいと思います。
また、健康管理と体力錬成を継続し、どのような状況にも落ち着いて対応できるよう、日々心掛けていきたいと思います。部隊の一員として、協調と助け合いを大切にし、明るく前向きな姿勢で日々の業務に取り組んでまいります。
節目の年として、初心を忘れず、感謝と向上心を胸に、笑顔を忘れず精進していきたいと思います。
育児に積極的に参加したい
德田 潤3陸曹
今年、年男として36歳を迎えるにあたり、新たな決意を胸に刻んでいます。
昨年は娘が誕生しました。妻と娘の家族3人での生活が新たにスタートし、人生の大きな節目となる年でした。本年は、この幸せな環境をさらに盤石なものにする一年にしたいと考えています。
仕事において36歳というのは世間一般でいう所の中堅となる年齢であります。年相応の意識の下、業務に対する責任感を持ち、周囲との連携を深め、より部隊に貢献できるように追及していきます。
また家庭においては、妻への感謝を忘れず、育児に今まで以上に積極的に参加し、娘の成長を妻と共に見守り、笑顔の絶えない温かい家庭を築くことを目指します。
最後になりますが、これまで述べた抱負は全て身心の健康の下、成り立つものであります。日々の体力錬成及び健康管理に留意して過ごすことを目標にし、年男の抱負を締めさせていただきます。
「地の塩」
鈴木 佑一即応予備3陸曹
明けましておめでとうございます。即応予備自衛官の鈴木3曹です。年男ということで恐縮ではありますが、新年の抱負を述べさせていただきます。私の家業は兵庫県西宮市で農業を営んでおります。物価高や農家の減少が叫ばれる中、農業の役割を考える日々を送っております。また、昨年度は無事に子供も生まれ、父親の役割も増えました。
少し話が逸れますが、「地の塩」と言う言葉があります。塩と見た目がよく似ている砂糖と味や役割が違うように、求められる役割を果たしてこそ意味があるという解釈をもつ言葉です。今年度は家族も増え、猛暑など状況が変化する中、まだまだ駆け出しの未熟者なりに、私が求められる役割へ貢献できればと思います。
今年度もみなさまに万事万端ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
第33普通科連隊(久居)
自衛隊生活後半を迎えて
中村 洋一1陸曹
今年、私は年男として新たな節目の年を迎えます。入隊して29年、これまで自衛官として頑張ってこられたのは、上司、同僚、後輩、そして家族の支えがあったからと感謝しています。改めてその支えに感謝し、この節目を気に「体力と健康の維持」という目標を立てたいと思います。
1つ目は「体力維持」です。45歳を過ぎたあたりから体力の衰えを感じ始めこのまま自衛官としてやっていけるのかと不安に感じてきています。いかなる状況にも対応出来る体力は自衛官としての基本です。この不安を払拭する為に一日一汗を心掛け、年齢に応じたトレーニングを取り入れ怪我のリスクを抑えながら自衛官として働ける体力を維持していこうと思います。
2つ目は「健康維持」です。体力の維持を達成する為にも健康である事が大切であり、バランスのとれた食事、十分な休養、ストレスコントロールを意識し、心身共に万全の状態を保てるように努めたいと思います。体力維持は任務遂行の力となり、健康維持は自らの人生を充実させる基盤であると思います。
自衛隊生活後半を迎え様々な苦難にぶつかる事もありますが、これまでの経験を糧にさらに邁進し、部隊の力となれるよう心と体を鍛え馬のように力強く、誠実に情熱を持って駆け抜ける年にしたいと思います。
最後まで駆け抜けたい
伊藤 栄一郎陸士長
今年、私は年男として午年を迎えることが出来ました。干支が一周したと思うとこの12年間はあっという間に感じ、不思議な気持ちになると同時に私の成長も感じました。
午年は、勢いよく力強く前に進む一年になると言われています。年男になると同時に陸士から陸曹へ昇任する年でもあるので自分でも何か一つこれまで以上に挑戦していきたいと思っています。
これまでの日々は周囲の方々の支えとご縁に恵まれて、多くの学びと経験を積ませていただきました。大きく二つに分けると、「気遣い」、「初心の気持ちを忘れない」です。「気遣い」に関しては、周りを見る意識、周りを見ることで私は、次に何をすべきか考えることが出来ました。「初心の気持ちを忘れない」に関しては、私が自衛隊に入隊して約5年が経ち、後輩陸士が増えてきて、今まで私たちがやってきたことを今度は後輩陸士が率先して取り組んでくれることが増えました。しかし、何でもかんでも誰かがやってくれるからいいだろうという考えです。いつか必ず足がすくわれると思うため初心を忘れず懸命に取り組んでいきたいです。
陸曹に昇任して大きいことができなくても小さな経験や成功を積み重ねて大きいことにしていきたいです。年男として迎えるこの一年が、ただの通過点にするのではなく、次なる飛躍の原点となるよう、自分に課せられた役割を自覚し、行動に移して行きたいです。そして、自らの経験や努力を通じて、少しでも周囲にいい影響をもたらすことができれば、本望です。
最後に、午年の年男として、競馬の馬のように最後の最後まで駆け抜けていけたらいいなと思っています。
母へ背中で恩返し
金城 香音1陸士
今年、私は年女を迎えます。
この節目に、一般幹部候補生試験に合格することが出来ました。これは、決して私一人で掴んだものではなく、これまで一人で私を育て、どんな時も支えてくれた母のおかげであり、その感謝は言葉では言い尽くせません。
母はシングルマザーとして多くの苦労を抱えながらも、決して弱音を吐かず、努力する姿を背中で示してくれました。その強さと優しさが、今の私を作ってくれたと思います。合格を頂いたとき、真っ先に母の笑顔を思い浮かべ、胸がいっぱいになりました。
幹部自衛官として歩む道は、決して平坦ではなく、厳しい任務を通じて、時に心が折れそうになることもあるでしょう。しかし私は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」という服務の宣誓を胸に刻み、どんな困難に直面しても、自分自身を強く持ち、必ず乗り越えます。
私にとっての親孝行は、母に感謝を伝えることはもちろん、一人前の幹部自衛官へ成長し、社会に尽くし、その背中を見せることです。母が誇りに思えるような生き方をすることこそ最大の恩返しであり、これからの人生の目標です。母が私に教えてくれた大切なことを、今度は私が背中で母に恩返しできるように頑張ります。
音楽隊に敬礼っ‼<第27回>
前陸上自衛隊中央音楽隊長 樋口 孝博
にわかスターの「のど自慢」
写真=「のど自慢大会」に出場
スポーツや芸能界などでのスターの存在は、その業界の注目を集める一役を担います。自衛隊においても音楽隊のステージは多くの聴衆を集めることができますが、有名スターにはかないません。集客にはたくさんのエネルギーが必要になります。
今から30年以上前の沖縄では、自衛隊の行事に人を集めるのは至難の業でした。頭の中ではいつも「客寄せパンダになってくれる人はいないものか?」と考える日々。ある日、新聞を開くと『NHKのど自慢‥参加者募集』との文字が目に飛び込んできました。そこに何か光るものを感じ「え~い、自分が話題になってしまえ!」と、歌の好きな隊員を誘って挑むことにしました。
予選会場では参加者たちが本番同様に歌うのですが、これが実に面白い。スキューバダイビングの姿で歌う人や琉球舞踊をしながら歌う人など、まるで結婚式の余興を見ているような楽しさがありました。出場は曲名の「あいうえお」順なので、《天城越え》だけでも数名が熱く歌います。そのため300組ほどの参加者が歌い終わるのは、夜9時を過ぎていました。運良く予選は通過したものの、翌日の本番では鐘(チャイム)二つ。瞬きすらできないほどの短い時間でした。テレビを見た隊員からは後ろ指をさされて大笑いされ、スターどころかピエロになった私の身体には熱い逆襲の炎が燃え始めたのです。
試験やコンクールを生半可に受けても、良い結果は得られません。日々の反省と、たゆまぬ努力があってこそ栄光へと繋がるのです。私の反省の日々は1年間続きました。出演者がつまらなければチャンネルを変えられてしまうテレビ番組では、まずプロデューサーや視聴者の期待値を考えなければなりません。そして、歌唱力とは別に何か輝くものも必要になります。選曲は沖縄のトロピカルさと、手拍子で盛り上がるゲストの曲のなかから選べば近道です。歌はレッスンを受け、自分に見合った衣装や振り付けを加えれば、ある程度期待に応えることができるでしょう。この経験からその後、音楽隊のコンサートでは主催者と聴衆の気持ちを一番に考えるようになりました。
そして翌年にチャレンジした石垣大会。まず馴染みのダイビングショップに伺い、「予選に落ちたら翌日は一日中潜らせてください」とお願いすると、「その日は、のど自慢を見に行くから閉めるよ!」と言われ、遊び心が一気に失せることになったのです。
通路まで満員の市民会館。予選は他の出場者を楽しむこともせず、外で何度もシミュレーションをして無事突破することができました。南こうせつさんをゲストに迎えた翌日の本番では、彼の《夏の少女》が功を奏し、会場一杯の手拍子もいただきました。響いた鐘を聞いたそのときは、ほっと胸をなでおろしましたが『今週のチャンピオン』に輝けたことは予想外でした。ピエロが「にわかスター」になった瞬間です。
その後は本格的なステージの九州大会。しかしこれは定期演奏会と重なり出場を断念することに…。道が途切れたと思ったその矢先、東京からチャンピオン大会への出場を依頼されました(九州大会は独自の企画でした)。
陸幕広報室のエールを受け、迎えたNHKホールでは広報マンとして緑色の新制服に身を包んで臨みました。しかし前の女性がとても情熱的なのです。後ろの男性も圧倒的で、冷静に俯瞰すると出場者全員が輝いています。結果、前の人が優秀賞で後ろの人がグランドチャンピオンとなり、スター二人に挟まれた私はここで再びピエロになったのです。
私の「のど自慢チャンピオン」は戦術的に作られたものであって、からだ全体からほとばしるスターの輝きというものには及びません。選ばれた天才のみが、日々の陶冶によってスターになり得るのです。しかし多少の広報効果があったのは事実で、その後「BS日本縦断カラオケ道場」「長崎歌謡祭」と続きますが、自慢の話はこの辺でやめにしましょう。