自衛隊ニュース
日本防衛の核心としての自衛官
‐人的基盤はいかにあるべきか‐
<第10回>
笹川平和財団日米・安全保障研究ユニット総括・交流グループ長
河上康博(元海将補)
提言5
人的基盤強化のための
官民協力の促進
戦後、日本では、かつての陸・海軍工廠のように官民が連携して戦車・艦艇・航空機・武器などの製造・修理等を担う組織は失われたものの、現在においても民間の協力なしには防衛装備品の製造・維持は成り立たないのが現状である。海外では武器輸出も含め、国防に関連する業務を官民が連携・協力して行っている。
一方で、日本は戦後、憲法の平和主義に基づき、武器輸出を厳しく制限してきた。納入が自衛隊に限られた時代が長く、防衛省によると2003年以降だけでも100社以上の防衛関連企業が事業から撤退している。海外では武器輸出も含め、国防に関連する業務を官民が連携・協力して行っている。こうしたことから、2022年に策定された「安保関連3文書」では、防衛産業は「防衛力そのもの」と位置づけられ、防衛費の大幅な増額とともに防衛装備品の海外移転への規則の変更や支援策が打ち出されている。さらにいわゆる国営軍需工場「工廠」の復活の議論も出始めている。具体的には国主導によるGOCO(Government‐Owned,Contractor‐Operated)の活用による設備投資の拡充である。GOCOとは、政府が施設を保有し民間事業者(企業)が運営する方式であり、米国などが既に採用している方式である。仮にGOCOを創設する場合、創設後、企業のみで有事のみならず平時・グレーゾーン事態においても継続的に運営することは、日本ではこれまでの状況から困難である。創設後も国と企業が、自衛隊への納入はもとより、海外への防衛装備移転など経済活動(収益)も含めて、オール・ジャパンで連携することが必要である。これは、日本が少子化により自衛隊の現体制を維持することが困難となる中、自衛隊の業務を自衛官でしか担えない業務に割り当てることなどを可能とし、自衛隊の人的基盤強化の観点からも有効である。さらに政府と重要インフラ企業(電力・ガス・水道・通信・交通・金融など国民生活や経済活動の根幹を支える社会基盤企業)との連携も考慮する必要がある。重要インフラ企業は、国民生活や経済活動を支えると同時に、安全保障、国防関連組織である自衛隊においてもクリティカルなインフラであるからである。
これらを踏まえた具体的な官民協力の課題と対策には次のものがある。
まず各種事態において民間企業等が官民協力の遂行を容易とするためのガイドライン等の整備である。民間企業等が敵対勢力による妨害・危害・情報収集の標的となるリスクが高まった場合においても、活動を継続させつつ、企業社員の安全確保の観点から「世論の反発や社員の不安」を取り除くことが最も必要である。また、民間企業はグレーゾーン・有事において自社の事業継続と自衛隊への協力のバランスに悩むことも予想される。そこで、民間企業等が官民協力の遂行を容易とするため、平時・グレーゾーン・有事の各事態で官民協力の任務分担およびリスク対応等に関するガイドラインを整備するとともに、有事の際の企業や企業社員の安全確保のための対策、危害を受けた場合の補償制度および各事態における企業への財政支援制度などを導入することの検討も必要である。あわせて、企業が官民協力契約等において国の平和と安全の一翼を担っているという奉仕活動としての名誉の付与など参入しやすい環境を政府として整える必要もある。
次に民間力の活用によるアウトソーシングの促進である。これはGOCOにも通ずるものである。
特に「ロジスティクス分野(整備・補給・輸送等)における民間力の活用」は、その業務に従事している自衛官を第一線部隊等に再配置することで、現体制の強化および精強性の維持が期待される。また、防衛技術協力においても、官民協力による共同開発・共同運用体制を促進させることで、民間企業等が保有するAI・サイバーセキュリティ・無人機技術などの最新技術を早期に導入することにより、有事においても戦闘様相・成果・教訓・運用データ等を民間での装備品の開発・能力向上に速やかに反映させて、第一線部隊への実装・配備を通じて自衛隊の精強性維持にも貢献できる。
さらに、官民協力による輸送ネットワーク体制の整備および自衛隊通信インフラへの攻撃に備えた民間通信事業者との協力による代替ネットワークの構築が有事の際の要員不足に備えることとなる。
そして、官民協力の際の情報・運用データ等の共有の促進と情報保全の制度化および強化も必要となる。
また、平時における有事への備えとして、自衛官の民間企業等での研修や官民連携・訓練の強化がある。自衛官のスキル向上を目的とした民間企業等での研修・訓練の導入により、通信技術やAIなど民間で先行する最新技術や知見を学ぶ機会を増やすほか、さらに幅広い検討として、民間で先行する健康づくりについて自衛官の体力・健康管理を民間トレーニング・コーチに任せることなどもある。初めから官民協力の幅を狭めることなく、様々な多くの分野での検討が必要である。
読史随感<第188回>
神田淳
世界情勢の変化と日本
新年になって世界情勢の変化を改めて考えた。世界の無秩序化傾向が増し、戦争が身近になったのではないかとの不安が増大している。ロシアがウクライナ戦争を起こし、アメリカをリーダーとする西側諸国は、この侵略戦争を阻止することができない。トランプ大統領はロシアの侵略を容認し、ロシアには抵抗できないとの考えで戦争を終結させようとしているように見える。ロシアのような核を保有する軍事大国の戦争に、世界は抵抗できないという考えが広まったのではないだろうか。トランプ大統領はアメリカ・ファーストの対外政策で、安全保障に関しEUに圧力をかけ、干渉した。EUはアメリカ依存からの脱却を図る欧州独自の防衛力、軍事力強化を進め、西欧諸国にとって戦後最大と言われる安全保障再編を行っている。
国際関係は、力の体系、価値の体系、利益の体系から成るといわれる。三つの体系がバランスして国際秩序が保たれるが、近年世界は力と利益の体系に強く支配される情勢となった。かつてアメリカ大統領は自由、民主主義といった理念を標榜したが、トランプ大統領はこうした価値を全く口にしない。力と利益、そのためのディール(取引)を信奉するようである。トランプはかつてグリーンランドの買収・合併を提案したり、カナダをアメリカの51番目の州にすべきと発言したり、ガザ地区をアメリカが管理すると言ったりしている。帝国主義者のような発言である。今年になってアメリカはベネズエラを軍事攻撃し、マドゥロ大統領を拘束した。帝国主義的行動である。ロシアのウクライナ戦争、アメリカの対外介入、中国の海洋進出など大国が勢力圏の拡張を求める近年、世界は大国の帝国主義が復活しているという見方が生まれている。
中国も圧倒的な軍事強国を目指し、帝国主義的行動を展開している。南シナ海での領有権を主張し、周辺国(フィリピン・ベトナムなど)の海域に軍事拠点を造った。東シナ海尖閣諸島の領有権を主張し、周辺での公船活動を活発化させている。新疆ウィグル地区やチベットで植民地主義的少数民族統治を行っている。途上国に巨額融資し、返済困難になるとインフラを租借するやり方も帝国主義的である。帝国主義時代の屈辱意識を沈潜する中国は、自ら今帝国主義化しているごとくである。
そして台湾の武力統一を否定せず、周辺で軍事演習を繰り返し、威圧する。高市首相が国会で「台湾が戦艦を使った武力攻撃を受けた場合、日本の存立危機状態になり得る」と答弁したが、中国はこれに非常に強く反発し、「悪質な誤った発言である」、「一つの中国原則に反し、中国の内政に干渉するものだ」、「日本の軍国主義が復活している」など、激しい日本非難を始めた。
世界は大国が帝国主義化し、アメリカが世界秩序維持者としての役割を放棄、西側諸国の安全保障が見直されている。日本は日中戦争/太平洋戦争で、中国との戦争は絶対にしない方がよいという血涙の体験を得た。日本は国の尊厳を保ちつつ、中国とは戦争しない国家運営をすべきで、民主主義国日本はそれができると私は確信している。ただし日本の国土が武力攻撃を受け、安全が脅かされたときは自衛のために戦う。
(令和8年1月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii‐nihon.themedia.jp/)などがある。
操縦席からの回顧録
~大いなる空へ夢を乗せて~
手記:井上 正利(監修:芦川 淳)
<第8回>ホバリングで分かるパイロット適正
写真=FEC教育にて飛行前点検を実施中の筆者。機体は当時の初等訓練機TH-55型機だ
FEC(陸曹航空操縦課程)では入校後に10カ月の座学があり、それからやっと実機での訓練に移行する。訓練に先立ち個人用の飛行服や飛行靴、マフラー、手袋、ヘルメットのセットが支給されるのだが、これでまた一歩パイロットに近づいたという胸中の興奮とは裏腹に初めて袖を通した新品の飛行服は誰もがぎこちなく、着こなすまでには時間がかりそうだった。胸のウイングマークは無くとも、パイロットと同じモノを着用出来たという喜びと緊張感は、いまでも昨日のことのように鮮明に覚えている。
ちなみに初の実機フライトに臨んだ機体は、TH-55という小型の訓練機であった。レシプロ(ピストン)エンジン機のこの機は、エンジン回転数を手動で調整しなければならないので他の操作との連携に神経を使う。失敗するとOSG(オーバースピードガバナー)なるバックアップシステムが作動してエンジンが壊れるのを防いでくれるのだが、それが作動した際には機体が強くヨーイング(横振れ現象)を起こす設計になっている。着陸間際の機体がグーンと横を向くのは、OSGを作動させてしまった証拠でパイロットが下手をうったことが丸わかりだ。「アイツ、OSGを作動させたな!」と、人の失敗をいちいちみんなで笑っていたのも懐かしく楽しかった思い出だ。
余談はさておき、初フライトは当然、担当教官の操縦によるものだったが、いざ空中へと舞い上がった途端、これまでの苦労がすべて吹っ飛んだ気分になったのを鮮明に覚えている。操縦席から外の世界を見下ろす気持ちは、何ものにも代え難い嬉しいものだった。素晴らしき大空がしっかりと自分を受け入れてくれたように感じられ、これこそ「俺の天職」だと感じたものである。
しかしそんな感動も束の間、初フライトからソロフライトチエックまでの25時間はホバリング状態で機体を空中で完全に静止させること、そして意のままに小移動出来ることを徹底的に学ばされる。これがヘリコプター操縦の基本中の基本というわけで、それが出来るようにならないと、場周飛行やタッチ&ゴーの操縦訓練の許可が出ないのだ。ソロ飛行のための訓練は、25時間の期間中にソロ飛行の許可を得られないとエリミネート(罷免)されてしまうので学生たちは必死である。
ホバリングを完璧にマスターし、なおかつフライトごとに異なる気象状況や他機との関係など、次から次へと千差万別の変化を見せる環境にしっかりアジャストしていかなければならないから、学生は戸惑うばかりである。最初の頃、私はホバリングがまったく決まらず、どうして教官はああもビタッと空中で静止でき、同様に空中での小移動が思うがままに出来るのか理解できなかった。
しかしある時、操縦中の教官の視線に気がついたのだ。教官は、視線を近場の計器ばかりに集中させるのではなく、視点を遠くに置きながら機体の内と外を交互に見るという動作を繰り返していたのだ。そのやり方を直ぐに実行してみると、あっという間にコツを掴み、ビタッとヘリを空中で静止させることに成功した。それこそが大きくモノを観て捉え、最後に近くをしっかりと細かく捉える『大観小察』の極意であった。
それに気が付いてからは、空中での小移動についても大きなアクションは必要なく、操作するというより少し前へ動けとか、ちょっとだけ右へと念ずるようにすると不思議と機体が自由に操作できた。意思が神経を伝わって手先に至ると筋肉が緊張し、それがわずかな力となって働くような感覚であった。
ホバリング訓練と併せて、教官の同乗のもとで飛行場の場周を幾度となく飛行して離着陸回数を積み重ねていく。いまから思い返してみれば、この場周飛行こそシンプルさゆえに一番難しかったような気がする。後に私が操縦検定官になった際に知ったが、固定翼操縦士を検定する際や機長教育での査定でもこの場周飛行課目が必須となっていた。決められたコースを確実に飛行しつつ、多数の航空機が飛行する状況下で煩雑な手順を適切に踏む…場周飛行訓練は、膨大な判断要素、技量操作、管制官との意思の疎通、機長への意思決定事項の伝達など操縦の全てが含まれている課目でもあり、このレベルを見れば操縦士の格が判ってしまうのだ。(つづく)
井上正利(いのうえまさとし)少工校20期生。
陸自では希少な固定翼機操縦士として緊急患者空輸等で活躍(総飛行時間4967時間)、現在は航空会社の那覇営業所長と安全推進室長を兼任