自衛隊ニュース

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おめでとうございます!
二十歳の誓い

20mを綱でひく<八戸>

写真=笑顔で記念撮影

 八戸駐屯地(司令・谷口史晃1陸佐)は、1月9日に「二十歳の誓い」を実施した。本行事は、二十歳を迎える隊員を祝し、心を新たに駐屯地の一員としての一体感を醸成するとともに、隊員相互の融和団結及び士気の高揚に資することを目的として実施した。

 当日は約40名の隊員が参加し、装備品2車両を二十歳にかけて約20メートルの距離を力を合わせて綱で引いた。また、各部隊長との会食を実施し、第5高射特科群の柿崎3曹と第4地対艦ミサイル連隊の大久保士長がそれぞれの決意表明を述べて、自衛隊員としての決意を力強く発表した。



6名が決意表明<霞目>

 霞目駐屯地(司令・米谷知久1陸佐)は1月15日、「二十歳を祝う会」を実施した。本行事は、二十歳を迎える隊員に部隊全体で祝意を表し、心を新たに駐屯地の一員としての一体感を醸成するとともに、部隊の団結及び士気の高揚に資することを目的とし行った。

 当初二十歳を迎える隊員6名が、これからの目標を書初めにしたため、その決意を力強く発表した。その後、駐屯地司令から祝辞として、今後の活躍を期待する激励の言葉が贈られた。

 式後は和やかな雰囲気の中で会食が行われ、所属部隊長や先任上級曹長の助言に熱心に耳を傾けながら節目を祝う温かなひと時となった。

日本防衛の核心としての自衛官
‐人的基盤はいかにあるべきか‐
<第11回>

笹川平和財団日米・安全保障研究ユニット総括・交流グループ長 河上康博(元海将補)

提言7
国民全体の社会基盤としての
安全保障教育の強化

 日本が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境にある中、また内外情勢の変化のスピードが一段と速まる中、安全保障に関する国民の関心も益々高まっている。日本国民として、これらの状況にしっかりと向き合うためには、社会基盤としての「安全保障」に関する教育を、学校教育から段階的に高めていく必要がある。

 教育について、12月に海外調査を実施したフィンランドの状況を紹介したい。フィンランドでは自然災害やパンデミックから武力紛争に至るまであらゆるリスクに対して社会に不可欠な機能を確保するため、「包括的安全保障」を掲げている。我々が訪れたフィンランド国家教育庁(EDUFI)での説明でも、この「包括的安全保障」の一つである社会的レジリエンスを強化する教育を行っているとあった。具体的には、安全保障政策教育の一部としての国防教育を含む歴史・社会科の義務教育、偽情報が蔓延する中でのメディア教育などである。多様なリスクが増大している世界情勢下、日本においてもあらゆるリスクに対処可能なレジリエンス教育が必要であると認識した次第である。

 敗戦後に安全保障を除く教育が始まった日本においても80年が経過したこと、日本が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境にあることを踏まえると、若者が将来、世界で生き抜くためには、早急に安全保障教育を含むレジリエンス教育を行う必要がある。そのための具体的な方策として、次を提言する。


 (1)学校教育における安全保障教育の充実

 戦後9度目の改訂となる「平成29・30・31年改訂学習指導要領」(以下、「学習指導要領」)では、小・中学校の「社会」において「自国を愛し,その平和と繁栄を図る」ことや、自然災害から人々を守る活動として、地域の安全を守る消防・警察のほか、自衛隊など国の機関との関わりなどについて記述されており、これらは「国を守る」や「安全保障」に繋がる導入部分といえる。また、高等学校の「公民」において「国家主権、領土(領海・領空を含む)」、「我が国の安全保障と防衛」について記述されており、「学習指導要領」においては段階的に「安全保障」に関する学習を行う教育課程の基準が定められている。しかしながら、これら「学習指導要領」で定められた安全保障に関する内容が、実際に教育現場レベルで浸透しているのか、さらなる興味や職業選択の一端として機能しているのかについては、関係省庁等が検証する必要がある(注)。また、高等学校から大学等の高等教育において安全保障を一貫して学ぶ機会が日本では極めて限られており、教育体制が整っていない。これは、日本の教育制度が、初等中等教育段階の学校については、学習指導要領によって教育課程編成の基準が定められているものの、高等教育段階の大学においては、それぞれの大学が、自ら掲げる教育理念・目的に基づき、自主的・自律的に編成することとされている所以である。このため、国の社会基盤である安全保障に関する教育については、国の施策として小中高大の一貫した教育目標・計画を示し、充実した教育体制を築く必要がある。


 (2)社会における安全保障教育の機会の増大

 国民の安全保障に関する理解を深めるために、日本人の平和に対する希望的観測を少しでも刺激し、安全保障に関心を持ち危機意識を身近に感じる方策が必要である。例えば、初等中等教育において「野外調査活動」や「社会調査活動」を通じて、安全保障に関する施設や場所(自衛隊・博物館・展示館・資料館・記念館等)を研修する際、教師が引率するだけではなく保護者や専門の関係者も参加する機会を設け、「総合的な学習の時間」や「総合的な探求の時間」の充実を図る必要がある。

 また、社会全体における安全保障に関する教育の機会を増やすため、高等教育における「安全保障学部」の設置、経営者や新入社員など社会人が柔軟に履修可能な安全保障講座の開設、大学と安全保障関連のシンクタンクが共同研究やセミナーにより連携を図るなど、教育体制全体として盛り上げていくことが重要である。


 (3)上記実現のための施設等設置と研修機会の拡大

 海外では、安全保障に関する国立博物館・広報センター・研修施設などで、小・中・高・大学の児童・生徒・学生に対し教師と学芸員が協力して教育を実施している。また、軍関係者が学校などを訪問しての安全保障教育も実施されているなど、他国に学ぶ施策は多い。

 日本では、安全保障に関する国立博物館はなく、関連する軍事博物館も限られている。また、歴史博物館や展示館(城郭など)については充実した施設が多く存在しているものの、これらが密接に「国の安全と平和を守る」ことの重要性を伝えることを企図しているわけではないため、安全保障上の意識は高まりづらい。広報センター等についても、自衛隊の広報館や地域の資料館が主となっており、同様の状況である。このため、上記提言(1)および(2)を実現するためにも、これら施設等の設置や拡大が強く望まれる。

 これらの施策を行うことにより、国内外の情勢の変化に迅速に対応していくことができる人材を育成し、国民全体の社会基盤としての安全保障に関する意識、そして厳しく複雑な社会を生き延びる糧としてのレジリエンスを高めることができる。これは、日本の防衛に極めて有効なことである。

 (注)「世論調査」によると、「国の防衛について教育の場で取り上げる必要があると思いますか」の質問に対し、89・3%(小計)が「取り上げる必要がある」と回答。

操縦席からの回顧録
~大いなる空へ夢を乗せて~
手記:井上 正利(監修:芦川 淳)

<第9回>初のソロフライト ついにその時が来た

写真=初のソロフライトはパイロット人生に特別な記憶を刻むという(イメージ)※撮影:芦川淳


 飛行訓練の開始からトータル25時間のフライトを無事に積み重ねると、ついにソロフライトチェックの機会が訪れた。ソロフライトチェックは、これに合格すれば単独飛行が可能になるという審査であり、FEC(陸上航空操縦課程)における大きな山場のひとつでもある。

 パイロットを志す者にとっては人生の岐路に立つような重要な審査だから、一般的にはガチガチに緊張しそうだが、私はちょっと違っていた。審査だろうが訓練だろうが、フライトすること自体が大きな楽しみであったし、元々のふてぶてしい性格がプラスに作用したらしく、特に緊張することもなく臨むことが出来た。残念なことに同期の何人かは再審査となってしまったが、私は一発で合格。時は昭和60年(1985年)の残暑の頃であった・・・。

 ちなみに初めてのソロフライトはパイロットの人生のなかでは最も特別な体験として心に残るという。私にとってもそれは同じで、フライト前夜は「ついにこの時が来たか!」という楽しみと、「果たして無事にミスなくフライトをこなせるだろうか?」という不安が交錯してなかなか寝付けなかった。心を落ち着けようと、管制塔とのやり取りやトラブル時の対処などを頭の中でアレコレと想い巡らせているうちにいつの間にか寝入ってしまっていた。ふてぶてしい性格はこういう時にこそ力を発揮するのだ。

 そして翌朝を迎え、ソロフライトチェック再審査組が補習教育を受けているなか、いよいよ初のソロフライトが始まった。いつも通りの手順で機体の周囲をまわって飛行前点検を済ませたら、教官席にバラストとして60㎏の重りを搭載(これがけっこうキツイ)して、機体底面に0・5mほど赤い吹き流しを装着したら審査完了となる。この吹き流しは単独での飛行を表す証なので、当然ながら今日が人生初の装着だ。

 エンジン始動後、機番のコールサインやソロフライトであることを管制塔にコールしつつ離陸の許可をリクエスト、やがて管制塔から風向風速、他機の位置情報などのインフォメーションが伝えられ、続いて離陸の許可が出た。

 管制塔「ソロエコー36、クリアードフォーテイクオフ」・・・「ソロエコー36」というのは私が操縦する機のコールサインだ。ここでするべきことは、初のソロフライトといえどもこれまで学んできたことと何ら変わらない。まずはホバリング、そして左手に握るパワーレバーでエンジン回転数とローター・ブレード角を調整しつつ、操縦桿をゆっくりと前方へ押す。すると、機体がわずかに前進を始めたところで、機体全体がダダダっと震え始まる。この瞬間、機体が向かい風を受けることで全体の揚力がグッと増す。これを転移揚力というのだが、これが出現したらラダーを使って機体の向きを保持しつつ、パワーを徐々に増して上昇へと移行する。

 機体はアッという間に地上を離れて上昇し、高度を獲得してから水平飛行に移ると前進速度が増していく・・・たった一人でのフライトは、何とも言えぬ解放感、充実感、そして不安感が錯綜し、一瞬、頭の中が真っ白になりかけた。その時、なぜかフランク・シナトラの『マイウェイ』の歌詞にある「苦難の時もあったが、私は信じる道を歩み続けた」というサビの部分を、ずっと脳裏でリフレインしていたことを鮮烈に記憶している。

 パイロットは自分のソロフライトを絶対に忘れられないものだと聞いていたが、本当にそうだった。しかしその溢れる感動も束の間、離陸して地上の景色が小さく感じられるようになると、「経路上に他機はいないか?」「もし他機が場周に入ってきたらどうしようか?」などと色々な要素が頭をよぎり、常に先の手順を予測して行動しなければならない。着陸に向けたダウンウインド飛行中は「機体やエンジンに何かあったらオートローテーションでの不時着もあり得るな」といった不安でとにかく一杯だった。

 それだけに、無事に着陸した時の安堵感はたまらなく心地良く、教官とのデブリーフィング終了後、1人になった時にジュースで乾杯、ひっそりと祝杯を上げたのだった。FECでは、TH55で合計65時間の飛行を行ったが、その中でもっとも厳しい関門になるのが、このソロフライトチエックであった。これを前半の山場として、ソロフライトチェック後には、実用機の搭乗を目指すための基礎的な教育を受ける。(つづく)


 井上正利(いのうえまさとし)少工校20期生。

 陸自では希少な固定翼機操縦士として緊急患者空輸等で活躍(総飛行時間4967時間)、現在は航空会社の那覇営業所長と安全推進室長を兼任

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