太古から人類は文明を発展させて現代に至っているが、文明発展の根底にエネルギーがある。新しいエネルギーの獲得により新しい文明が生まれる。人々が豊富なエネルギーをもつとき文明は栄え、エネルギーが枯渇するとき文明は衰退する。これを「文明のエネルギー史観」というが、こうした史観をもつ識者は多い。「類人猿の水準から現在に至る文化の発展は、新しいパワー源が開発されることによって、一人当たりの年間エネルギー利用量が繰り返し増加した結果なのである(人類学者レスリー・ホワイト)」、「人間の精神とエネルギーが一つになるとき、人類の進歩に限界をもたらすのは、最終的には人間の着想ではなくエネルギー源である。歴史上のどんな社会にとってもいちばん肝心なのは余剰エネルギーの有無である(社会学者ハワード・オダム)」等々。
現代社会は工業文明であり、工業文明は産業革命によって勃興したが、産業革命は近代のエネルギー革命に他ならなかった。エネルギーの変革によって新しい文明が生まれたのである。中世農業社会の木材等バイオマスを主体とするエネルギーから、石炭等化石燃料への転換が起きた。イギリスでガラス製造、石鹸製造等の燃料として石炭が使われ始めた。18世紀には石炭から得られるコークスを使った製鉄業が可能となった。ワットが蒸気機関を発明し、石炭等の燃焼による熱エネルギーを動力に変える技術を得、産業用、輸送用動力として広く使われ始めた。世界に先駆けて産業革命を達成したイギリスは19世紀、世界最富強の大英帝国となった。これを支えたのは石炭だった。
20世紀、最富強国はアメリカに移った。アメリカの富強をもたらしたのは石油である。覇権国のイギリスからアメリカへの移動は、主エネルギーが石炭から石油に移ったのと期を一にしている。石油の連続掘削に成功したアメリカで、豊富な石油が急成長する自動車産業等の産業を支え、自動車等輸送用のエネルギーを支配した。また石油を原料とする石油化学工業が成立し、20世紀、アメリカは圧倒的な石油王国となった。1913年時点でアメリカは世界の石油の65%を生産していた。
現在、世界は一次エネルギーの82%を石油、石炭、天然ガス等の化石燃料に依存し、現代文明はまさに化石燃料文明であるが、二次エネルギーを含めた最終エネルギーで見ると、電気が非常に重要なエネルギーとなっていることがわかる。電気は動力にも、照明にも、また熱源としても利用でき、瞬時に移動する非常に優れたエネルギーである。電気は通信・情報としても利用され、電気なくして現代社会は成り立たなくなっている。現代文明は電気文明ともいえる。
文明はエネルギーによって興隆し、その枯渇により衰退する。エネルギーが文明を成り立たせる経済の根底にあるからである。文化もあるレベルの豊かさがなければ生まれない。一国の国力の根本も経済力であると私は思うが、その経済力の根底にエネルギーがある。エネルギーの安定供給が失われると、国の経済は衰えていく。
地球温暖化問題が世界的課題となり、この問題に人間のエネルギー利用が直結するため、現在の日本のエネルギー政策は、CO2削減を至高目的とする環境政策的なエネルギー政策となっている。今年国のエネルギー基本計画が改訂される。新しい基本計画では、エネルギーの本来の役割と目的を重視する政策、すなわち、国の経済を成り立たせる根本としての性格を堅持するエネルギー政策とし、併せて経済安全保障の観点を強化した計画にする必要があると思う。
(令和6年5月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |