温暖化による地球環境への深刻な影響を防ぐために、今世紀半ばにCO2排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)とすることが国際的に合意されている。しかし、その達成は容易でない。
すべての人間の活動にはエネルギーが必要である。食料もエネルギーである。エネルギーなくして人間は生存できず、社会、文明、文化も維持できない。現在、世界のエネルギー使用量は毎年604エクサジュール(石油換算144億トン)という膨大な量に達し、その82%が化石燃料である。この化石燃料が年314億トンのCO2を排出し、温暖化をもたらしている。CO2排出を実質ゼロにすることは、現代社会の基盤のエネルギーを根本的に変えることで、短期間で容易にできることではない。
産業革命によって工業社会となり、現代に至っているが、産業革命の本質はエネルギー革命である。木材が枯渇し、化石燃料が使われ始めた。石炭からコークスをつくり、製鉄にコークスを使う技術が開発された。ワットが蒸気機関を発明し、熱エネルギーを動力に変える技術を得た。紡織に蒸気機関が導入され、織物の大量生産が可能となった。ファラデーによる電磁誘導原理の発見は、発電機とモーターの発明をもたらし、電気の利用の道を開いた。電気は動力として、照明として、また熱としても使える非常に優れたエネルギーで、現代社会のエネルギー基盤となっている。しかし電気は二次エネルギーで自然界には存在せず、一次エネルギーからつくらなければならない。現在、世界の発電量の60%が化石燃料を燃やす火力発電によっている。
現代社会のエネルギー基盤は、化石燃料利用の多くの技術的イノベーションを経てできたものである。今後さらに活発な技術的イノベーションによって、CO2排出実質ゼロのエネルギー基盤を構築することができるだろうか。
発電部門、産業部門、運輸部門、民生部門別にみると、まず発電部門ではCO2無排出の技術は存在する。原子力と再エネである。再エネは出力不安定のため、大量導入するには調整電力のイノベーションが必要である。調整電力として水素利用技術と蓄電池は存在する。再エネ、水素利用、蓄電池に一層のコストダウンを得て、原子力、再エネ、揚水発電、水素、蓄電池の組み合わせでCO2無排出の電力供給基盤を実現できるかもしれない。
産業部門では、製鉄にコークスを使う鉄鋼業からのCO2排出が大きい。水素還元の原理を導入し、高炉に水素を吹き込んで20%ほどCO2を削減する技術は実証されたが、全面的な水素製鉄はできていない。
運輸部門は、搭載電池のコストダウンによってEVが普及し始めている。EVはCO2無排出であるが、EVに充電する電気を火力発電に依存するかぎり、乗用車のEV化は脱炭素を意味しない。運輸部門の脱炭素は多くが発電部門の脱炭素に依存する。
民生部門はオール電化によってCO2無排出となる。民生部門の脱炭素も発電部門の脱炭素に帰着する。
CO2排出実質ゼロの実現性を概観すると、発電部門における脱炭素が最も重要であることがわかる。発電における脱炭素は原子力利用をベースとし、再エネと各種調整電力の技術的イノベーションを得て達成できるように思われる。多くの技術がすでに存在している。実用技術となるには、大きなコストダウンを含むイノベーションが必要である。カーボンニュートラルが今世紀末までには達成できると思いたい。
(令和6年3月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |