新年を迎え、日本文明について改めて考えてみた。
最初に、日本文明というものが独立文明として存在するというのが、世界の文明史家の主流の見方であると知っておきたい。サミュエル・ハンチントン(1927-2008)は著書『文明の衝突』で、世界の主要文明を、西欧キリスト教文明、ロシア正教文明、イスラム文明、ヒンズー文明、中華文明、日本文明、中南米ラテン・アメリカ文明の7つであるとした。20世紀最大の文明史家と言われたトインビー(1889-1975)は、日本文明を中国(中華)文明の衛星文明と位置づけていたが、後年独立した一つの文明だと訂正した。また、『源氏物語』の英訳者として名高いアーサー・ウェイリー(1889-1966)は、中国古典にも精通する天才だったが、日本文明は中国文明の派生文明ではないと言っていた。
上記の世界の7つの主要文明の中で、西欧キリスト教文明が最大である。この文明は北アメリカと豪州も含む。西欧キリスト教文明は世界に先がけて近代化し、強力な文明となって世界に大きな影響を与えてきた。他文明に属する人々が西欧キリスト教文明に接し、自国文明の近代化を図ったが、それは西欧化ともみなされた。また、西欧キリスト教文明の優越性を信じる人たちは、この文明に人類文明の普遍性を見、近代化=西欧化=文明の普遍化といった主張もあったが、現代ではこうした考えは否定されている。
改めて文明とは何か。文明(civilization)とは、長期間継続する高度に発達した社会組織、文化及び生活のあり方を共有する人間社会のことであり、その社会に住む人々の変らない精神構造……すなわち、どんな考え方をし、どんな感じ方をし、何を大切に思うかといった人々の心のありよう……が文明を形づくる。ゆえに宗教やエートス(社会における道徳的慣習)が文明のコアとなる。
では日本文明はどういう文明だろうか。日本文明は重層文明とよく言われる。太古から存続する神道の基層の上に外来の仏教、儒教が加わって習合し、近年には西欧の近代文明が加わって重層化している。そして文明の中核にある精神は、神道の清明正直(清く、明るく、正しく、直きこと)であり、正直と誠実をよしとし、多神教であり、自然と調和し、和を重んじる心のあり方である。
日本文明の特色として、言語(日本語)が穏やかであり、人々が論争を好まないこと、人を信頼し、性善説に立つことがあげられる。これは日本人が島国に生き、大陸の民族のような異民族との生死をかけた熾烈な闘争をほとんど経験せずにきたことから成熟した特質であろう。日本文明は人類が本来もっている精神が失われずに成長、発展した特色をもつ現代文明だと思う。
『文明の衝突』でハンチントンは2000年の時点で、中国の将来の台頭と覇権化を予見している。そして、そのとき日本はおそらく中国に順応する道を選ぶだろうと述べ、その理由として、例外的時期はあるが、日本は概ね歴史的に自国が最適と考える世界の強国と同盟して安全を護ってきたことを挙げている。私は中国に順応ということではなく、アメリカと共にあって中国に対抗しながら必要な協調を行うという姿勢で臨むべきだと思う。そう思う背景に中国文明よりもアメリカを含む西欧文明に親近感を抱く意識がある。皇帝(国家主席)と共産党が独裁的に人民を統治する中国文明よりも、自由、民主、法の支配といった西欧文明をよしとする。重層文明の日本文明は思った以上西欧文明に近いのかもしれない。
(令和5年1月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |