防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   977号(2018年4月15日発行)
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日ベトナム防衛相会談
 4月9日、小野寺五典防衛大臣は防衛省で、ベトナム社会主義共和国国防大臣ゴ・スアン・リック大将と防衛相会談を行った。両国による防衛相会談は昨年10月にフィリピンで開催された拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)以来のこと。
 会談に先立って、両国の防衛協力推進を目的とし、ハイレベル交流、防衛装備・技術協力、教育交流、サイバー等多岐にわたる分野での協力を盛り込んだ「日越共同ビジョン」に両大臣が署名した。両大臣は防衛協力が軍種間交流を中心に進展していることを高く評価。小野寺大臣は「両国の防衛当局の協力関係を新たな段階へと押し上げていきたい」と述べた。次回日本で開催される第6回日越次官級協議において協議を進めることで一致した。
 また小野寺大臣から北朝鮮情勢について「北朝鮮が検証可能な不可逆的な形で核廃棄を実現するまで最大限の圧力を継続していきたい」と説明、ベトナムへの協力を呼びかけた。
 リック大臣は北朝鮮の非核化を支持する立場であるとし、「国際法に基づき、関係諸国と協議を深めて解決していきたい」と述べた。また南シナ海情勢に関して、両大臣は国連海洋法条約を含む国際法に基づいた紛争の平和的解決、実行的な南シナ海における行動規範(COC)の早期妥結の重要性について一致した。

320名の若桜入校
<陸自高等工科学校>
 4月8日に穏やかな春の日差しの中、陸上自衛隊高等工科学校(学校長・堀江祐一陸将補=武山)は、福田達夫防衛大臣政務官の立会の下、第64期生徒(320名)の入校式を講堂において実施した。
 式に先立ち、福田防衛大臣政務官は、第3学年生徒約100名により編成された儀仗隊及び吹奏楽部により編成された音楽隊による栄誉礼を受けた。
 式典は、高田克樹陸上幕僚副長、神奈川県立横浜修悠館高等学校校長、横須賀市副市長及び三浦市副市長をはじめとする部内外100名を超える来賓が臨席するとともに、全国各地から駆けつけた新入生の家族約750名が出席して、盛大に執り行われた。本校吹奏楽部の演奏による国歌斉唱に始まり、任命・申告と続いた。新入生代表 緒方良亮生徒(千葉県出身)の声に合わせて、全員が声高らかに宣誓した後、一人一人が順に自分の名前を呼称して、元気溌剌とした声が講堂内に響き渡った。初々しさの中にも力強さを感じた瞬間でもあった。
 学校長は式辞において「自衛隊員としての自覚を持て」、「自ら目標を立て、そして、自ら学び取れ」及び「相手を思いやり、そして、友情を育め」の3点を要望した。また、福田防衛大臣政務官は、「社会でも人として信頼され、さらに自衛官としての能力を持ち合わせる人に成長せよ」と訓示し、陸上幕僚副長は、「目標を掲げ、それに向けて挑戦せよ」及び「バランスのとれた実力を養え」と要望し、新入生たちは真剣に耳を傾けていた。式の最後には、覚えたての高等工科学校校歌を斉唱して式を終えた。
 入校式後、グラウンドでは、第2、3学年による歓迎パレードの他、空挺降下、祝賀飛行及びドリル演技を披露した。その後、食堂で午餐(さん)会を実施して、生徒は家族と食事を共にし、楽しいひと時を過ごした。会では、家族を前にした新入生たちは、緊張した面持ちから、少年らしいあどけない表情へと変わり、笑い声が絶えない穏やかな時間が流れた。最後には、新入生を代表して、緒方生徒から力強い決意表明が行われた。
 全ての行事が終了した新入生の表情は、家族との別れを惜しみながらも、新たな学校生活での決意に満ち溢れたものであった。高等工科学校入校というスタートラインに立った新入生320名の若桜たちの今後の活躍に期待したい。

630名決意新たに合同入校行事
<陸自幹部候補生学校>
 陸上自衛隊幹部候補生学校(学校長・鬼頭健司陸将補)は、4月2日、第99期一般幹部候補生課程、第54期医科歯科幹部候補生課程、第1期看護科幹部候補生課程の計630名の合同入校行事を執行した。
 入校式に先立ち、一般幹部候補生(一般大学卒等)、薬剤科幹部候補生、歯科幹部候補生に対する任命式が行われた。陸上幕僚長よりそれぞれの代表候補生に、幹部自衛官へ任命する辞令書が手渡され、防衛大学校出身者、防衛医科大学校出身者、部内選抜者の各候補生、家族に見守られながら大きな声で服務の宣誓をした。
 引き続き行われた合同入校式は、候補生家族が見守る中、山崎陸上幕僚長をはじめ、宇都宮幹部候補生学校OB会会長、湯浅西部方面総監等多数の部内外来賓立会のもと、執り行われた。
 まず、鬼頭学校長が防衛大臣メッセージを代読、その後、式辞において、『自らの限界に挑戦せよ』『同期生の絆を固く結べ』と要望し、山崎幸二陸上幕僚長は訓示で、『幹部自衛官としての「使命感」を確立せよ』『目的意識を持ち、主体的に修学せよ』と要望した。
 決意を新たにした候補生達は、自らの限界に挑戦し、部隊で活躍できる幹部自衛官を目指し、日々の厳しい教育訓練に挑むことになる。

追悼
〜飛行安全への誓いを新たに〜

<航空支援集団・飛行点検隊>
 飛行点検隊(司令・吉廣敏幸1空佐=入間)は、飛行点検機U-125航空事故発生から2年(3回忌)を迎えたことにあたり、ご遺族と隊員ら合わせて約100名の参列のもと4月7日、飛行点検隊庁舎及び格納庫などで追悼行事を行った。
 隊員ら着席のもと、ご遺族が順次入場され、行事は殉職隊員に対する拝礼及び黙とうから始まり、粛々と行われた。
 吉廣隊司令は追悼の辞で「旺盛な使命感と責任感のもと、任務遂行中の突然の航空事故、ご遺族の皆様の心情は、想像を絶するものであり、察するに余りあります。我々にとっても本当に残念で無念でなりません。我々は、殉ぜられた6人の遺志と事故の教訓を断じて風化させることなく永遠に引き継いでいきます」などと述べた。その後、参列者全員による献花などを行った。
 参列した隊員は、各方面の方々の支援協力などへの感謝の気持ちと、また、このような痛ましい事故を絶対に起こさない、絶対に起こしてはならない、自分たちと同じような悲しみを絶対味わってほしくないという強い思い、そして殉職隊員とご遺族の絆を感じつつ、防衛省・自衛隊のオンリー・ワン部隊としてのプライドをもって「より健全で、より精強で、新しい飛行点検隊」を造っていく決意と覚悟を新たにした。
 前夜からの雨も朝からは晴れて爽やかなこの日、「飛行安全」の重要性を改めて強く痛感し、その誓いを新たにした1日であった。
 その前日4月6日金曜日、慰霊行事が飛行点検隊格納庫において行われた。飛行点検隊は、毎年4月6日を基準に、「飛行点検隊安全の日」を設定している。これは、一昨年の(平成28年)4月6日に発生したU-125飛行点検機航空事故を契機として、事故再発防止及び風化防止施策の一環として設定したもの。同部隊に係る殉職隊員の慰霊を実施するとともに、大事故の教訓・風化防止、また、隊務全般や安全管理活動の現状を掌握し、安全意識の高揚並びに各種安全施策の徹底及び推進の資を目的としている。
 まず、事故発生時刻の14時35分に全隊員による1分間の黙祷を事故現場の方向である西南西に正対して実施。次いで吉廣隊司令による三回忌訓辞。冥福を祈り訓辞を読み上げる途中、声を詰まらせる隊司令。この2年間の徹底した事故再発防止策の推進、継続して任務遂行を支える隊務運営態勢の回復を進め、飛行点検任務などを行って来たこと等を述べた。常に、ご遺族の気持ちに寄り添うことを念頭に置きつつ対応してきた吉廣隊司令以下全隊員。「未だ悲しみに堪えない時もあるが、殉じた仲間6名の遺志を継ぎ、引き続きご遺族の気持ちに寄り添いつつ、隊員一丸となり、更に「健全で、精強で、『新しい』飛行点検隊」を作り上げることが、残された我々の責任であり、使命であるとの強い決意を持って生きてもらいたいと強く願う」との言葉が、格納庫内に大きく響いた。
 そのほか、航空大事故の過去事例や危険予知訓練、安全点検などを実施した。
 一人一人の安全意識の高揚・安全文化の醸成及び継承・飛行安全確保の重要性の再認識・当事者意識の保持・基本の重要性などを改めて全隊員が再認識し、そして殉職隊員の追悼を実施して「安全」への誓いを新たにした「飛行点検隊安全の日」であった。

ノーサイド
ちょっと電話してみませんか?
 隊員の皆さん、ご両親・お父さん・お母さんはお元気ですか?
 「おまえさん、ちゃんと食べているかい?からだが資本だからね。あまり飲みなさんなよ」、「分かってる。そんなに飲んでなんかいないよ!」、「お爺と代わるね。お父さん早く早く」、「あーワシだが、元気でやってるかな。こっちは元気だから」、「あっそう。じゃあ」・・・今、田舎の両親からかかって来た電話で思い出すのはこれだけです。いつもうるさいほど同じことを言ってきました。煩わしい思いで、すぐにガチャンと切ったものです。
  "便りのないのはいい便りなんだから" とか、 "仕事が忙しいんだから" などを勝手なエクスキューズにして、両親に電話をかけることは、あまりありませんでした。ましてや、手紙を書くことは。両親というのは、そんなに電話などしなくても、会わなくても、いつでも居るものだと安易に決めつけていました。当たり前のことと思っていました。
 きっと隊員の皆さんの中にも、僕のような思いの方が多いのではないでしょうか。
 しかし、あれだけ元気だった父が急に逝き、半年もたたないうちに母も亡くなりました。
 もう電話はかかって来ません。
 たまに田舎に帰り、玄関のカギを開け、止まったままのゼンマイ式柱時計のネジを巻き、ふと見ると電話器には大きな字で私の電話番号が書かれています。そしてその前には年季の入った主のいない座布団がそのまま。いつも両親は、この布団に正座して電話をかけていました。私のときもそうだったのでしょう。…後悔先に立たずです。
 自衛隊には、ご家族から一人遠く離れ、任地で頑張っている隊員も沢山います。
 そんな皆さんの留守を守っている奥さま・子供たちはお元気ですか?連絡されていますか?
 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
 よく知られている日本一短い手紙。
 徳川家康の徳川三奉行の一人、鬼作左と呼ばれた本田重次(通称・作左衛門)が、長篠の戦いの陣中から奥さまに送った手紙です。
 奥さまを敬い、妻子を真剣に気遣う優しさと愛情が感じられる内容と言われています。
 現在、単身赴任中の隊員の皆さんは、ひょっとしたら「亭主元気で留守がいい」の典型かもしれません。でも、そんな亭主の陣中(任地)からの連絡は、たとえ歴史に残るような名言や名文でなくても、会えないことで思いが募っている奥さまとご家族にとっては、何物にも代えがたいオンリーワンの愛のメッセージです。元気の源です。
 特に今、防衛省・自衛隊は、いわゆる「日報」問題によって大きく揺らいだ国民の皆さんの信頼を回復するため、全力を尽くさなければならない真っ只中に在ります。
 4月6日に行われた小野寺五典防衛大臣の、全自衛隊員に対する特別訓示です。
 「…今、ここに、私は隊員諸君の先頭に立って、防衛省・自衛隊に対する国民の信頼回復に全力を注ぐことを誓います。私の危機感と信頼回復への決意を、全国25万の隊員全員で共有し、自衛隊が国民の信頼を回復するために今自分が何をなすべきか強く自問してください。全国の隊員諸君の奮起を期待…」
 奥さまやご家族の皆さんの歯に衣着せぬ批判や意見・叱咤激励は、国民の皆さんが抱いている率直な思いそのものです。
 全国の隊員の皆さん、今日はちょっと電話してみませんか?
  
北原 巖男(きたはらいわお)中央大学。70歳。長野県伊那市高遠町出身。元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長

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