防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
スペーサー
自衛隊ニュース   2010年6月1日号
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寄せ書き

私の趣味
東北方面管制気象隊(八戸)  2陸尉 石丸陽介
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 私の趣味はバイクに乗ることである。仕事が休みの日はバイクで遠出をする。山に行こうか、海に行こうか、温泉に入ったり、その土地名産のおいしいものを食べるのもいい、といろいろ計画するのもまた楽しい。
 バイクは車よりも天候上の制約を大きく受ける。雨が降れば全身びしょ濡れ、風が吹けば大きく煽られ転倒しそうになったりもする。しかし気候の穏やかな日に、爽やかな風を感じながら走る気分の良さは、ほかの何にも代えがたいものがある。
 東北の冬は長く、寒さや路面の積雪・凍結によりバイクに乗れない期間が続くが、春が訪れ暖かな日差しを受けると「よし、走りに行っちゃえ!」と、いてもたってもいられなくなる。交通安全を心がけ、マナーを守りながら楽しくバイクに乗り続けていきたい。
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らっぱ技能磨く
第7施設群(大久保) 3陸曹 武田忠昌
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 私は、1月から3ヶ月間にわたり、第7施設群で行われたらっぱ集合教育に参加した。教育が始まった頃の私は、日頃のらっぱの音を何気なく聞いており、音さえ出れば後は楽に吹けるようになるだろうと、安易な気持ちで教育に臨んだのだが、実際はそんなには甘く無かった。
 最初の音は、初日で吹け「お、いけるな、もう楽勝」と思ったが、そこから先の音階になると音がまったく出ず、音階を広げるのに2週間ほどの期間を要した。ようやく出るようになった音ではあるが、次の段階ではその音を組み合わせて「曲」にしていかなければならない。曲を吹奏するには肺活量を必要とし、実際に吹いてみても思うように息が続かずなかなか曲にはならなかった。
 また、合奏においては、らっぱ教育隊全員の音を合わすことが難しく、一人でも音階を誤ると全体に影響が出て、全員のらっぱがひとつになるには想像以上の集中力が必要だった。
 日々、思うように練度があがらず苦労したが、教官はじめ助教の方々の熱心なご指導を頂き、毎日の練成と努力の末に最後には教育に参加した全隊員が吹けるようになり、今までのらっぱに対する意識を大きく変える意義深い教育となった。
 部隊では、この教育で得たらっぱ技能をさらに磨き、らっぱ手としての任務が付与されたならば、私のらっぱをこの駐屯地中に響かせたい。
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私の「人生道」
第35普通科連隊(守山) 陸士長 清水洸征
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 私は、第26回全自衛隊徒手格闘選手権大会に出場し、団体戦3位、個人戦では優勝する事ができました。
 初日の団体戦では、部隊の代表として戦うという重圧と、それを打ち消そうとする気持ちで揺れ動き、納得のいく動きが出来ませんでした。終わってみれば過去最高の3位という結果でしたが、個人的には課題が残る内容でした。
 翌日の個人戦では、前日の反省点も含め、今まで格闘を通じて学んできた事、私をここまで成長させてくれた全ての人たちへの感謝の気持ちなど、いろいろなことを思い起こし、自分に言い聞かせて試合に臨みました。すると不思議とスッキリとした気持ちで試合ができ、気付けば優勝という自分自身予想もしていなかった結果に驚きました。チームメイトに迎えられ、みんなが喜んでくれたことに感動し、最高に幸せな気持ちになりました。
 今回の優勝は、今までお世話になった全ての方々に捧げたいと思います。本当にありがとうございました。またこれからも感謝の気持ちを忘れずに一歩ずつ自分の「人生道」を歩んでいきたいと思います。
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父に最後の親孝行
清 千晴(第25普通科連隊=遠軽、清 将勝3曹夫人)
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 主人が今年の1月1日付で念願だった陸曹になることができました。他の人より入隊が遅く、年齢的にも体力的にも、そして若い隊員よりも人一倍頑張らないといけないので、家では筋力トレーニングやジョギング、食事制限など試験に向けて頑張っている主人の姿を見てきたので、陸曹候補生の内示を頂いた時はとても嬉しかったです。また、陸曹に昇任できたのを一番喜んでいたのは、今年の2月に亡くなった主人のお父さんでした。なかなか陸曹になれず、年齢も重ねていく状況なのでいつも心配していました。
 陸曹候補生の指定がきて、仙台に入校した頃には、お父さんの病状も悪化し、余命3ヶ月と宣告されていました。12月に主人が仙台から帰ってくるまで間に合わない状況でしたが、お父さんがお正月に会えることを目標に頑張っていたので、お正月は家族で過ごすことができました。
 主人が無事に仙台から帰ってきたことや、前期教育で賞を取れたこと、そして陸曹になったことを、お父さんに報告できて本当によかったと思います。お父さんも心から喜んでいました。最後に素晴らしい親孝行ができたと私は思います。

「頑張っています」新しい職場
活躍するOB シリーズ
不安と焦りを乗り越えて
(株)みちのく銀行  小 山 内 吉 一
小山内氏は平成21年10月、第39普通科連隊(弘前)を2陸尉で定年退職。54歳
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 私は、平成21年10月に第39普通科連隊の勤務を最後に退職し、現在は青森県弘前市内に在るみちのく銀行松原支店で調査役として勤務しています。
 定年が近づき第二の人生を考えなければならない時期になった頃、地元の雇用情勢等を踏まえながら、当初は介護関係への再就職を考えていました。ホームヘルパー2級の資格取得のため部外技能訓練に参加しましたが、現場実習において、介護の厳しさを肌で感じ、勤めていけるか否か等再就職先を決めかねていました。そんな中、援護センターから銀行員の求人情報を得ました。希望する業種の一つでもあったのですが、恥ずかしい話、銀行にさえあまり行くことの無かった自分にとっては非常に不安でした。ですが、当支店に在職するOBの方等から業務内容・要領に関するアドバイスを頂き、銀行への再就職を決意することができました。その時私の不安を払拭し再就職へ向け導いてくれた方々には大変感謝しています。 
 再就職して1ヶ月、現在は集金業務及び隊員を対象にした預金・各種ローンの相談・取次手続き等、銀行員としての業務内容を先輩OBに同行しながら研修し学んでいます。初めは覚えることが多く不安と焦りの日々を過ごしたのも事実ですが、今は支店長をはじめ、周囲の方々に励まされながら楽しく勤務しています。住み慣れた場所で先輩・同僚・教え子など気心の知れた皆さんと毎日接しながら、自衛隊の現役時代とは違った銀行の営業マンとして『隊員が困っている時にいつでも相談に乗ってあげられる行員』を目指し今後も頑張っていきます。
 再就職への不安等は誰でもあると思いますが、臆することなく、自信とチャレンジ精神をもって臨んで下さい。また健康にも十分留意され頑張って下さい。


連隊創立20周年
《4後支》
初の女性看護官リペリングも
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 第4後方支援連隊(連隊長・石?敦士1陸佐=福岡)は3月6日、連隊創立20周年記念行事を福岡駐屯地で実施した。式典では、各部隊の堂々たる車両行進に引き続き、ヘリコプターの接地が困難な状況下、ホバーリング状態で機上に装備されたカーゴ・フックを使用して、ホイストにより患者をヘリコプターに搭載し後送する一連の行動を展示した。この訓練展示で、女性自衛官である衛生隊看護官・山田絵理2尉は、連隊史上初めてヘリコプターから地上へとリペリング降下し、患者の容態を見つつ救助する任務を完遂した。
 近年、幹部候補生学校を卒業した看護官が、自衛隊病院だけでなく、師団、旅団及び方面の衛生隊にも配置されるようになり、自衛隊の国内外での救援活動に対する期待が高まっている中、看護官に対して求められる能力は益々拡大してきている。今回、山田2尉はその先駆けとなるべく、人的戦闘力の維持・増進を図るための救出作戦を見事に遂行した。看護官山田2尉の活躍は、来場者の注目を集め、「女性隊員が降りてるのですか。わぁーすごい、かっこいい」と賞賛の声があがるほど会場は賑わい、記念行事も大盛況のうちに幕を下ろした。


境港市の観光振興に貢献
《美保基地准曹会》
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 鳥取県境港市の妖怪像が立ち並ぶ人気スポット「水木しげるロード」近くに4月12日、139体の妖怪ブロンズ像の位置を紹介する「水木しげるロードマップ」看板(幅約4・6m、高さ約1・8m)が設置された。この看板は、美保基地准曹会(会長・山中誠准尉以下135名)の寄付を受けた境港市観光協会により作製、設置されたもの。
 美保基地准曹会は昨年11月、環境美化活動や福祉活動をはじめ、境港市の観光振興の一環として、妖怪着ぐるみや「妖怪ジャズフェスティバル」の交通誘導、駐車場整理等に参加し、境港商工会議所から地域振興賞を受賞。受け取った賞金30万円を「地元の振興に役立ててもらいたい」と境港市観光協会に寄付し、同協会が看板と、5月下旬に完成予定の妖怪ガイドブック点字本の費用に充てた。
 この日行われた除幕式では、前年度会長の望月准尉以下13名の会員が参加し、同協会の桝田知身会長から感謝状が贈られるとともに、境港商工会議所・堀田収会頭、水木しげるロード振興会・権田淳一会長、鬼太郎、猫娘らとともに除幕し、同ロードのますますの発展を祈念した。
 なお、看板右上には「贈 航空自衛隊美保基地准曹会」の文字が記されている。


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