防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   2010年5月15日号
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雪月花
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 世界には推定で約8000万発の地雷が残留していると言われる。東南アジア、アフリカなどを中心にこれの処理に取り組んでいるのがJMAS(日本地雷処理を支援する会・野中光男理事長 元東北方総監)。カンボジアの農村では学校の周りや家の周りには今でも地雷が無数に埋まっている。学校で遊んでいて、水を汲みに行って、畑の手伝いをしていて足や手を失った子どもは数え切れない。命を失う事故も絶えない。JMASは2001年に元補給統制本部長の土井義尚さんが任意団体として立ち上げた。自衛隊の退職金を注ぎ込んで始めるらしいとの噂を当時聞いたことがある、文字どおり私財を投げ打ってのスタートだった。70歳に近くなった今でもアンゴラに常駐しっぱなしで現場の仕事を続けている。この思想を後輩たちが受け継ぎ政府認可のNPOになり、コマツや住友商事、豊田通商などから支援を受けるほどにもなった。2002年から2008年の間に、JMASが処理した地雷、不発弾は約25万発になったそうだ。危なくて立ち入れなかった林や荒地がコーン畑になっていった。村の生活にも活気がでてきたのは当然だろう。JMASは地雷処理をした跡地に学校も建てた、校庭にはマンゴーの木を植え数年後には収穫したものを日本で販売、教材費や学校維持に充てる計画という。道路整備も行ったり用水池も造りながら現地の人たちに測量や機械の操縦なども指導している。その現場に来て一心に見ている写真の子ども、何を思っているのだろうか。(所谷)

「頑張っています」新しい職場
活躍するOB シリーズ
障害者地域生活支援センター 森 義昭
森氏は平成21年4月、三沢ヘリ空輸隊を准空尉で定年退職。54歳
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 「まさか自分が」と思っていた定年退官を迎え、その後早くも一年が過ぎました。私は現在、居住しているこの三沢市内の「NPO法人 障害者地域生活支援センター ぴあ三沢」で就業し、主にデイサービス及び、グループケアホームの自立の為の生活支援を担当しております。民間の経験もない中で、上手く職場の方々と一緒に仕事ができるのかとの思いを持ちながら、「まあなんとかできるだろう」と、定年退職日まで軽い気持ちでいました。
 自衛隊では輸送職一筋で、まったく業務内容が違うとは予想していたものの、やはり初めて体験することばかりで、自分の不甲斐なさに戸惑う事もありました。
 しかし、職員の皆さんに暖かく迎えていただいたうえに励まされ、施設利用者の皆さんの頑張る姿や、ご家族の方々からの感謝の言葉をいただき、今後とも福祉の仕事に従事していこうという決心ができました。微力ではありますが、誰かのためにお役に立てるならうれしいことと思いながら勤務しております。
 百年に一度と言われている不況で定年退職を迎えてしまい、自分ができることは何か途方に暮れていた中で再就職ができたのは、自衛隊在職中から援護担当者の方々とお互いに理解できるように、よく話し合ったからだと思います。また、今の仕事が未経験の業務だったことが、かえって私の性格に向いていたこともありました。
 この仕事も自衛隊同様に日々勉強しなければならず、苦手な研修もこなさなければなりません。また一からの始まりでしたが、これからはさらに資格もとれるよう、自分自身も努力をして、人や社会に貢献していけたらと考えております。そして、かつて私を目標としてくれていた現役自衛官である息子にもまた誇れるように、生き生きと仕事をしているところを見せたいものです。
 最後に、自衛隊時代お世話になった皆さんと、背中を押して頂いた方々への感謝と共に、時々空を見上げて三沢基地の飛行安全をお祈りしております。


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