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《論陣》
一番大事なのは人間性
教育の基本はこれに限る
都知事候補にもなった老いた学者が「やはり何といっても人間性が大事ですよ」と手紙に書いてきた。彼は、恐らくマルクス経済学を専攻した学者のはずである。病んだ夫人を10年も介護してきた。もう80の大台に乗っている。さまざまな人生を経てきての一言には重みがある。
宮城県の県立病院で、明らかな医療過誤で夫を亡くした未亡人は、裁判闘争で2008年を迎えた。おめでとうどころではない。心はいつも泣いているのである。
というのも、夫は入院先の病院で手術をして、医師から「うまくいった」との報告に安堵していたのだが、深夜に苦しみ出した。夜勤の当番看護師にはどうしていいのかわからない。七転八倒の様子を自宅にいる主治医に電話をした。当然、病院に駆けつけて措置するのが役目であるが、彼は腰を上げなかった。電話で看護師にあれこれと内服薬の指示を出して、自宅から動こうとしなかった。
後に判明したことだが、薬の投薬にもミスがあったらしい。患者は亡くなってしまった。それでいて「ごめんなさい」一ついえず、死因は不明といって責任逃れをしている。
医師と病院の弁護士は医師上がりだから、並みの被害者弁護士よりも強い。専門家は、医師の世界は「うそと隠蔽の文化」だと決め付けている。真実を告白しない。してはならない、という教育を受けているからだ。
科学は因果の法則を前提にしている。間違い・失敗には原因がある。そこを解明することで、二度の過ちを無くすのだが、日本の医療現場はそうではない。失敗を隠してしまうのである。したがって間違い・エラーは無くなることがない。医療過誤で亡くなる人たちの数は、年間推定で最大4万6000人という。
一度、医学博士の参院議員にこの数字の確かさを尋ねてみたことがある。すると彼、日本でも有数の胃がん治療の大家は「データの取り方では、もっと多い」といったものである。要するに、大半が泣き寝入りなのである。
自民党実力者秘書は70代の母親を麻酔の失敗で亡くした。怒りが収まらず訴えようとした。病院は熊本県の複数自治体が経営している病院だった。市長は皆実力者の支持者だった。「なんとか勘弁してくれ」と泣かれて、裁判闘争をあきらめてしまった。
岡山県の60代男性は、手術の失敗で半身不随のまま病院のベッドで寝たきりだ。夫人も介護疲れで体調を崩し、松葉杖を使って歩いている。それでいて毎日バスを乗り継いで倉敷市の病院へ通っている。病院は素直に原因を明かそうとしていないし、むろん謝罪もしようとしていない。
最近、東大の一部の学者や生徒が中心になって、失敗を認め、謝罪し、原因を究明して再発を防ぐ医療文化を作り上げよう、との運動を始めた。米国の医師が始めた運動と連携している。
要するに、人間性を喪失している現代人、とりわけ医師ら医療従事者に対して人間性を取り戻そうと運動しているのである。正直に事実を認めて、頭を下げるという当たり前の人間医師になろう、というのだ。
人間性というと、他人への寛容さや思いやり・優しさなどである。うそをつかない、隠さないことも。これらは政治や経済すべてに関係するものだが、こうした人間性のある社会はたとえ物がなくても心なごむ社会である。政治にこれが発揮されれば、弱者に光を当てることになる。教育の根本もまた、人間性教育であらねばならない。幼児教育の大事さは推して知るべし、か。
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