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   2004年11月15日号
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「サマーワ派遣近し」
須藤画伯が絵両贈呈
<陸幕>
 「サマーワ派遣近し」と題して、イラク復興支援活動の事前訓練(図上演習)の情景を描いた絵画が11月1日、作者の須藤眞啓画伯から陸上自衛隊に贈られた。
 陸幕応接室で行われた寄贈式には森陸幕長はじめ折木陸幕副長、藤野監理部長、宗像防衛部長、番匠広報室長、佐藤第1次復興支援業務隊長ら陸幕関係者が出席。陸幕長、須藤画伯夫妻、絵の中のモデルとなった野沢2尉が除幕を行い、120号(210cm×150cm)の大作が堂々とお披露目された。また、陸幕長からは「陸上自衛隊の転換期であり歴史に残る瞬間を素晴しい絵にしていただき、全自衛隊を代表してお礼申し上げる」と感謝の意が述べられた。
 この作品は、作者が3月初旬、第7師団(東千歳)で2次隊の取材に訪れた際に衛生・警備両部隊の訓練を目の当たりにし、直後から製作を始めたもの。駐屯地内のバラックで繰り広げられる同部隊の図上演習は命を賭けた派兵の緊迫感にあふれ、階級を超えた連帯感には「美」と「感動」があった。白装束で御神酒をあげて取りかかった作品は完成まで約半年間を費やし、手は赤く腫れ上がったという。「製作中はただ、一人ひとりが無事に帰還してほしいという願いを込めて筆を持ち続けた」と須藤氏。「苦渋の決断で派遣された隊員の思いを切り描き、歴史の証人として後世に伝えなければならないという思いでやり遂げた。次はイラクでの隊員の姿を描きたい」と熱く語っていた。
 須藤氏は危機管理、防災のスペシャリストとして多方面で活動、陸幕のオピニオンリーダー、在日米陸軍キャンプ座間日米友好親善協会事務局長などを務める一方、洋画家としても活躍、これまでも陸自施設に7枚の絵画を寄贈している。

150名が体験航海を満喫
舞地隊・輸送艦「のと」
 舞鶴地方隊所属の輸送艦「のと」が9月18日、京都府宮津市栗田の住吉神社海岸で体験航海を実施した(=写真)。
 地元住民への理解を目的とし毎年実施しているもので、この日、あいにくの雨模様にもかかわらず約150名が乗艦、栗田湾のクルージングと輸送艦特有の離着岸訓練風景を満喫した。

<論陣>
バックパッカーは通用しない
紛争中の国を旅する時に
 イラクでテロ集団に拉致され、首を切断されるという、あまりにも残忍な殺されかたをした日本人青年、香田証生君(24歳)の死には、同じ日本人として強い憤りを感じる。ナイフ1本持たぬ無抵抗な青年の両手足をしばり、首を切断、米国旗の上に胴体とともに路上に投げ捨てた行為は、とても人間の仕業とは思えない。「自衛隊撤退要求」が、直接、間接的に外交や、第3国、または国際機関を通して行わず、一旅行青年惨殺という形でしか行えない野ばんさに強い怒りを覚える。
 ただ、福岡県出身の香田君の考えにも紛争地域の旅行観に甘さがなかったかという気がする。いまの若者たちの間に、いわゆる"バックパッカー"的感覚が多いことは確かである。大きなリュックサックをかついで、小銭をもって気楽な一人旅をするスタイルである。東京、大阪、福岡などの大都会や京都、金沢などの観光地では外国人のバックパッカーをよく見かける。若者の流行スタイルであることは確か。
 平和な国ならバックパッカーはまだいい。しかし、香田君の場合は、訪ねた国が激戦とテロ横行のイラクである。イラクに入国する前、ヨルダンのホテルで居合わせた日本人やホテルの従業員が「イラクは危険だから行くのはやめなさい」と中止するように忠告している。「イラクでなにが起きているか見てみたい」「イラク南部のサマワに派遣されている自衛隊を見たい」。青年として"見でやろう"という意欲だけは一応理解できないわけでもないが、行くならもっと"事前の勉強"をするべきではなかったのではないか。イラクでは、テロ集団によって多くの外国人が拉致され、殺害されている。人質となり殺害された日本人は香田君が初めてだが、ことしすでに日本人2人が死亡、3人が拉致(のちに釈放)されている。イラクは世界中でも最も危険な国であることは明白である。
 「イラク聖戦アルカイダ組織」の暗躍は、ここ半年ぐらいの間、特に過激で、イラク関係の報道には、かならずといっていいぐらい浮かび上がってくる「集団」名である。イラクのほとんどのテロ集団の黒幕といわれているヨルダン人のアブムサム・ザルカウイが指揮するイスラム教スンニ派の超過激武装組織で、ついさきごろ、ウサマ・ビンラディンに思誠を誓うまでは「一神教聖戦団」と名乗っていたが、以後「イラク聖戦アルカイダ組織」と名称を変更した。複数の欧米人、アジア人を拉致し、首を切断して殺害する残忍極まりない手口で犯行をくり返している。香田君が「イラク入国」を言い始めたとき、周囲の人達は、おそらく、こうしたテロ集団の名前や犯行手口をあげてイラク行を止めようとしたに違いない。服装についても、イスラム国の事情をほとんど知らなかったようだ。イスラム各国の男性は膝から下は人前に出さないし、イスに座っても、脚を組んだりしない。ラマダン(断食月)中に注意しなければならないことは数多くある。そういうことを事前に勉強しないで、単なる「バックパッカー気分」で気楽に入国すれば、とんでもないことになるのが常識。その上、イラクは来年1月の総選挙をひかえて日に日に戦闘、テロが激しさを増している危険な国である。日本政府も過去に何回も「イラクへの旅行は自粛するよう」警告している。それは「イラク国内情勢を分析した結果、物見遊山できるような状態ではない」と判断したためである。
 香田君は「サマーワ宿営地の自衛隊を見たい」とも言っていたという。記事を書いたり、ドキュメンタリー番組を撮影するというような目的をもってイラクの自衛隊を訪問するのなら別だが、「見たい」だけで訪ねていけるものではない。取材には事前に手続きが必要である。香田君の場合なら、防衛庁に「取材(訪問)目的、日時、その他の事項」を申し込み、一応、了解を得たあと、ヨルダンなどから現地自衛隊に連絡して訪問の可否を正すなどの方法をとるべきであった。ルールに従わないで「こんにちは、見せてください」では"訪問"が実現するはずがない。とに角、無目的な旅行もいいかも知れないが、やはり、旅する前には、行く先の歴史や現状、風俗、習慣などを一応、勉強しておく必要があることをこんどの事件は教えてくれた。

東富士を撮り続けて…
富士本屋写真部  佐藤欣一氏(写真提供)
〈シリーズ 9〉
昭和16年11月、第3師団観閲式。観閲官は天皇陛下
大学軍事教育訓練宿泊所の食堂。食事は民間人が作っていた
歩兵の雪中攻防演習

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