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   2003年7月15日号
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予備自衛官補
新たに247名誕生 7月1日付
技能職種採用者が増加
用田地連部長が採用者一人ひとりに辞令書を交付(東京)
 全国の地方連絡部で7月1日、予備自衛官補の辞令交付式が行われた。
 陸上自衛隊では、昨年から予備自衛官の勢力を安定的に確保し、民間の優れた専門技能を有効に活用し、民間の優れた専門技能を有効に活用し得るとして予備自衛官補制度を導入。この日、7月1日付で新たに247名(技能112名、一般135名)の予備自補が誕生した。
 今年度は中国語、朝鮮語、通信、建設などの職種を加え、より幅広い分野での公募を実施。看護師や語学をはじめ、技能職種の採用者の増加が目立った。
 各方面別の採用者数は、北方17名、東北方19名、東方93名、中方98名、西方20名で、採用者は今後8月上旬から始まる教育訓練を、2年ないし3年以内に修了ののち、予備自衛官として任用される。 

<東京地連>
東京地方連絡部(部長・用田和仁陸将補)では辞令書交付式を同日午後、管理担当する予備自衛官補採用者38名のうち、33名が出席して行った。
 澤田昭二副部長はじめ、各課室長、各地区隊長ら地連関係者が見守る中、式ではまず、用田地連部長から採用者を代表して大久保智啓さん(薬剤師)、中曽根麻里さん(一般)が力強く宣誓。辞令を受けた出席者は、終始、引き締まった表情で式に臨んでいた。
 用田地連部長は、訓辞の中で、自衛隊の本質について触れ、事に臨んでは危険を顧みず身を挺して任務の遂行にあたるよう強調した。また、安全保障が表立つ大変辛い時代に自ら予自補に志願した覚悟を忘れずに、自衛隊の仲間として一緒に汗を流し、いい国を作っていきましょうと心からの歓迎の意を述べた。
 交付式終了後、技能職(朝鮮語)で採用された拓殖大学教員の荒木和博さんは「新隊員のような気持ちで緊張しました」と感想を話し「自分の研究範囲は朝鮮半島なので軍事問題は非常に重要と認識している。有事には専門知識のある人間と自衛隊の人とでチームを組ませてもらいたいと政府にはこれまでも要請してきた」と話し「まず自らが行動しなければという思いが希望した一番大きな理由です。やるからにはある程度の役割を与えてほしい」と意欲的に話した。


定期総会を開催 東京地連援護協力会
用田 東京地連 部長が防衛講話
 東京地連援護協力会(会長・堀深氏/(株)セノン名誉会長)は5月27日、グランドヒル市ヶ谷で「平成15年度東京地連援護協力会定期総会」を開催した。
 同会は昭和59年9月に発足、退職自衛官の再就職活動支援を目的に活動している団体で、現在は東京都内を中心に約1100社の企業等が入会している。
 総会には約100名の会員が集い、堀会長の挨拶の後、「平成14年度事業結果及び同年度収支決算について」「平成15年度事業計画及び同年度予算について」等の5議案について審議が行われ、原案どおり承認された。特に会長からは厳しい雇用環境下、さらなる会員の拡充施策を積極的に進めることが決議された。
 引き続き、東京地連部長・用田和仁陸将補を講師に迎え防衛講話「演題=イラク戦争と我が国周辺への影響」が行われ、イラク戦争における米軍の作戦行動の実態とこの戦争が及ぼす我が国周辺地域への影響について分かりやすく解説した。講話終了後、会員達は、国防の重要性を再認識するとともに会活動の最大の目的である隊員の就職援護協力についての更なる協力を誓い合った。

中学校「総合学習」で防衛講話
ー熊谷基地に初依頼ー
 熊谷基地(司令・林國満空将補)が、近隣の妻沼東中学校長から「総合的な学習」の授業の一環として講話を依頼されたことを受けて、7月3日、第4術科学校総務課長・佐藤修二2空佐が同中学校を訪問、3年生約60名に対して約40分間「我が国の平和と自衛隊」について語った(=写真)。
 この種の広報活動は基地発足以来初めてのことで、中学生も大変興味深く、熱心のい聴講していた。講話のあと、質疑応答の時間が設けられ「米軍と自衛隊の基地の違い」「装備品や階級」などの質問に対して佐藤総務課長が各々的確に答えていた。
 最後にお、代表学生が今回の講話に感謝しながら「自衛隊の活動というのは思ったよりも細かく、たくさんの設備が整っていて驚きました。また、危険も伴う活動なんだと思います。世界中各地で戦争が起こる中、日本が平和でいられるのは自衛隊の方々が常に努力していてくれるからだと思いました。これからも日本を守るために頑張って下さい」とお礼の言葉を述べた。

札幌駐60隊員が神宮例大祭を支援
 札幌駐屯地(司令・火箱芳文将補)では6月15、16日の両日、延べ60名の隊員が北海道神宮例大祭第3山車奉仕者として支援した。山鼻地区は駐屯地が所在する町内会で、日頃お世話のなっている町内会の一員として10年間支援を続けている。
 この山車は、神明造りの屋根が特徴で、高さ約5mの重厚な山車で、札幌市内8基の山車の1つ。
 午前7時、山車会館に集合した隊員達は、男子隊員は出しの引き手、女子隊員は梃子舞として、それぞれの衣装に着替え出発準備を整斉と整えた。
 1日目は、古い町並みの残る商店街が多い町内会地域約18kmを巡行し、自衛官らしい統制のとれた行列に、沿道の住民から盛んな拍手が送られた。2日目は、北海道神宮神輿渡御に引き続き、山車行列を取り仕切る「山車年番」として先頭になり、他7基の山車と合流し札幌市内13kmを練り歩いた。特に2日目は、参加人数約1600名の平安絵巻さながらの見事な山車行列が繰り広げられ、自衛官が引き手となっている山鼻祭典区山車の統制のとれた行動には、沿道の市民からひときわ大きな拍手が起こっていた。
 終了後の懇親会で祭典区委員長から「山車年番の重責を無事終えることが出来たのは、地域住民の皆様のお陰です。伝統の継承には、自衛隊の支援が是非とも必要であり、今後もお願いします」とお礼の言葉があった。また梃子舞として参加した12名の女性自衛官には、記念の名前入り「マスコット提灯」が贈られ2日間の支援を無事終了した。

マイチ君のミサイル艇体験記
 舞鶴警備隊(司令・高橋陽一1佐)隷下部隊の第2ミサイル艇隊(司令・折田賢吾2佐)は6月13日、日本テレビの取材が行われることになり、舞監広報(マイチ君)が同行した。
 ミサイル艇「わかたか」と「はやぶさ」は、午前9時出港、12ノット(時速22km)で舞鶴港内を航行し、一路若狭湾へと向かう。当日は、梅雨入りした直後でもあり、時折小雨が降る天候であったが、波、うねり等はなく絶好?の取材日和となった。
 博打岬を通過した頃から戦術運動訓練が開始された。スピーカーから流れる信号が速力の増加を指令した。にわかにガスタービン特有の金属音とともに、自分の体が後方に後ずさりした。速力を指示する計器を覗くと、指針がみるみる上がっていくではないか。あっという間に40ノット(時速74km)で航行を始めた。高速艇といわれる所以を垣間見た瞬間であった。「わかたか」と「はたぶさ」は交互に位置を変える運動をそれぞれ行った。
 日本テレビの取材陣は台風並みの猛烈な風の中、髪を振り乱してのレポートを実施、立っているのがやっとである。
 さて、昼食の時間になったので食堂に向かうと、今日は金曜日ということで全国の海上自衛隊基地または艦艇では調理員が独自の味付けをしたカレーライスが定番となっているが、ここミサイル艇ではそうはいかない。なぜなら調理員が不在で、かつ調理室なるものがないのである。ここでもミサイル艇が高速を出す必要性から不要な設備等は除外されているわけだ。
 それでは、乗員は何を食べているのかというと、パックに入った容器がテーブルに並んでいる。なんとそれは、レトルト食品!定番のカレーライスあり、ハンバーグありで美味しそうである。ここで乗員に聞いてみた。「大変美味しいですよ。ただし、レトルト食品ばかりでは飽きますね」当然である。護衛艦等では、調理員が腕によりをかけた手料理を作り、元気の源を作っているのに対し、ミサイル艇乗員の航海中の食事はレトルト食品、本当にご苦労様である。
 第2ミサイル艇隊は、昨年3月舞鶴隊に配置され、就役訓練終了後、各種訓練の合間に取材要請も多く、今や「時の部隊?」として活躍中であります(小粒ながらスパイスの効いた日本海のトラ!)。
 この模様は、6月19日に日本テレビで放映された。

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